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「王様と私」2019年来日公演感想と考察 渡辺謙 ケリーオハラ

こんにちは、やのひろです。今回は「王様と私」の来日公演を見てきた感想です。2015年のトニー賞渡辺謙がミュージカル主演男優賞にノミネートされた版ですね。2019年7月に東京シアターオーブで観劇しました。一部ネタバレありなので物語の展開を知りたくない方はご注意ください。

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 2015年版「王様と私」のかんたんな解説

感想の前にざっくりと概要を書いておきます。いらないよ~という方はここは飛ばしてくださいね。

さて、「王様と私」。もとは1944年に書かれた「アンナとシャム王」という小説です。著者のマーガレット・ランドンが宣教師としてタイに行った時の経験をベースに書かれた半自伝物語でした。

それをブロードウェイがミュージカル化。主演はユル・ブリンナーでした。その後映画化されたときも、彼が王様を演じてましたね。「王様と私」と言えばこの顔、という方も多いのではないでしょうか。

オリジナルが閉幕してから何度も再演された名作が、2015年にもブロードウェイでリバイバル上演されました。王様役はハリウッドでも活躍する渡辺謙、アンナ役にはトニー賞候補の常連であるケリー・オハラ。そんな最新版の「王様と私」が今回来日した、というわけです。

王様と私トリビア1 タイでは上映禁止?

タイ王室を舞台としたこのお話、実はタイでは長いこと上映禁止です。映画撮影する際もタイ現地でのロケを断っています。

理由は簡単、西洋目線で書かれたさまざまな描写が、タイの事実と異なるからです。同じアジアの国としその気持ちは理解できます…。日本もたまにビックリするような演出されますものね(^^; それが全編、しかも王室に関してのお話ですから、タイが嫌ったとしても不思議はありません。詳しくはこちらのサイトに書かれいたのでご興味のある方はぜひどうぞ。

この後の感想にもかかわるので、王様と私」は西洋バイアスのかかった物語、というとこだけチラッと覚えててください。

ちなみに、もとの小説をミュージカルではないドラマで描いた映画もあります。タイトルは小説のまま「アンナと王様」。こちらの方は「王様と私」より史実を調べて作られていますがタイでは上映されていません。しかし現実のタイに近い世界観で見てみたい方はチェックしてみてください。王様がとても落ち着いていて、ゆったりとみられる作品です。

王様と私トリビア2 2015年のトニー賞で話題

2015年版のリバイバル上演も、それまでの再演と同じくトニー賞で注目を集めました。9部門でノミネートされリバイバル作品賞を含む4部門受賞しました。

その時に渡辺謙さんがノミネートされたのはみなさんご存知だと思うので。ここでは見事に受賞された2人の女優さんをご紹介します。そしてなんと!今回私がみた上演回では、このお2人ともがステージに立ってくれたのです!わーお!!そんな前振りとしてご覧ください。

まずはアンナを演じたケリー・オハラ

この「王様と私」でトニー賞に6度目のノミネートでした。念願かなってようやくの受賞!スピーチでは本当にうれしそうに語り、最後は可愛く踊っていて(^^)見ている私も嬉しくなっちゃうシーンでした。ちなみに2019年のトニー賞でも「キス・ミー・ケイト」のリバイバルで主演女優賞にノミネートされてました。名女優さんです。

そして、第一夫人を演じたルーシー・アン・マイルズ。この年のミュージカル助演女優賞を受賞しました。

彼女はなんと、この作品がブロードウェイデビュー。初ノミネートで初受賞でした。すごい!!

そんな彼女が、急遽!期間限定で来日カンパニーに参加してくれたのです!私も劇場に行ってはじめて知りました(^^; ラッキー!

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そんなわけで、この来日公演はトニー賞ノミネート&受賞俳優が3人もいる、超超超豪華ステージだったわけです。普通の来日公演ではそんなことあり得ません。むしろブロードウェイまで見に行ってもオリジナルキャストが出てるなんて珍しいくらいです。それがなんと日本で見られる!という貴重な機会でした。(2019年7月現在、まだ開幕したばかりですし、謙さんとケリー・オハラのお2人が出演してるだけでも奇跡の舞台です。見に行ける方はぜひ!)

王様と私」2019年来日公演の感想・レビュー

お待たせしました(^^; 舞台をみてきた感想です。

ケリー・オハラの歌がうますぎる&ルーシー夫人の奥深さ

もうね、ケリー・オハラの歌が上手すぎでした。言葉を失う美しさ。「うわ…すてき…」と聞きほれてるうちにステージが進んでいく。まるで呼吸するようにスルリと歌って、劇場の空気に溶けていくような歌声でした。トニー賞に7度もノミネートされる方は、こういう俳優さんなのか!!と。

特に私がうっとりしたのはGetting to Know Youでしたが、この話はまた後で。

 そしてルーシー演じた第一夫人。彼女は1曲+αしか歌わないのですが、存在感は抜群。なぜなら、王様がいかに立派な人なのかをその1曲で語るからです。アンナの目線で「んもー、この王様困っちゃうわ!」と語られる話の中で、彼女がしっとりと「いいえ、私は彼を尊敬しています。素晴らしい人物なのです」と歌います。これを観客に納得させるのは相当難しいと思う!ほぼこのワンシーンしかないのに…。

第一夫人の存在感が薄いと、王様の人柄が薄っぺらく感じられてしまうかもしれません。彼女の歌が届いたからこそ「そうか、私たちが今見てる王様とは違う一面があって、この人はそれをずっと見てきたのね」と思えました。

 渡辺謙演じる王様が…やさしい(^^)

2015年当時も言われていた通り、謙さん演じる王様がユル・ブリンナーと比べてやさしい印象でした。

ユル・ブリンナー王はもっと誇張されてたのか、怖くて時に尊大ですらありますが、謙さん王はそれよりも人間味がありました。王として難しい局面をどう乗り越えるか悩みつつ、人前では強くあろうと努力している。内面がにじみ出る王様だったかと思います。

西洋人のアンナから見た時に「理解できないシャム王」というのは、ブロードウェイで米国人に向けてやるには面白い素材かと思います。ただこの多様性のご時世、それだけでは受け入れられませんよね。そんな時代に合わせた新しい王様像でした。(また東洋人として西洋演劇界で奮闘する謙さんの姿が、王様にも重なって見えたり…)

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なぜこの時代に「王様と私」?リバイバルの意味を考える

さてここからは私の好きな小難しい考察です(笑)

王様と私」をリバイバルする、主演はケン・ワタナベと聞いた時、最初に思ったのは「なんで?」でした。

というのも、先ほど書いたようにこの作品には西洋フィルターががっつりかかっているのです。映画を見た時も「こりゃータイは嫌がるのも分かる」と思ったし。

同じく西洋フィルターのかかった作品に「ミス・サイゴン」があると私は思ってるんですけど、あれを数年前に見た時もあまり楽しめなかったんですね。なーんだ結局は西洋目線だな、キムちゃんの犠牲をセンチメンタルにしちゃってさ~、と感じました。(もとが蝶々夫人という超古典作品なので、仕方ない部分もあると思いますけど)

そんな作品をどうしてこの時代にやるんだろう。ブロードウェイとしてもまさか白人主義ととられるような舞台をやるわけがない。じゃぁどんな作品にするのかな…?というのが最初の印象でした。その謎が、今回の観劇で私なりに解けたのでご紹介します。

チャン王妃とタプティムがみせる東洋文化

王様と私」をアジア人目線で見た時、もっとも引っかかるのは「英国大使を西洋式におもてなししよう」のくだりです。日本も西洋への劣等感がほんのりありますから、そうしたくなる気持ちは分かるんですけど(^^; 慣れない西洋式で出迎えるより、タイ文化で最高のもてなしをした方がいいのでは?と思いませんか。アンナも本当にタイ文化を尊重してたらこういう提案はしないはず。彼女の中の「イギリスは洗練されてるのにタイは…」という気持ちが透けて見えます。

しかし、1幕終わりで「そうだ、西洋式に歓迎しよう!」と盛り上がりつつ、2幕の始めは妻たちが歌うWestern People Funny(西洋人っておかしい)です。「どうしてこんなスカート履かなきゃいけないの。西洋人って本当に変ね」という歌。もしかしたらこれは「西洋文化を理解できない東洋女性」というイメージなのかもしれませんが、今回の上演ではまったくそう感じませんでした。自分たちの文化があるのに履きなれないスカートを身に着ける違和感を素直に歌っていたと思います。

さらに、その問題の西洋式歓迎シーン。今回見て分かったんですけど、実際に西洋式に出迎えた場面はほとんどなく、メインはタプティムのお芝居なんですね。東南アジアを感じる音楽とセリフ回しで綴られる「アンクルトムの小屋」、見事な東洋と西洋の融合でした。これまで私が気づかなかったのか、今回の演出で際立ったのか…。いずれにしても、異文化が混ざり合う心地よいシーンでした。

こんな風に「西洋式に出迎えよう!」と言いつつ、「東洋にも文化と表現がある」というところを大事に伝えているお芝居だったと思います。「王様と私」という作品への印象が大きく変わりました。

王様をとりまく3人の女性

最近の米国作品を語るうえで欠かせないキーワードは「女性」です。いかに女性キャラを魅力的にするかが肝ともいえるほどです。

王様と私」に出てくる女性は3人。イギリス人家庭教師のアンナと、第一夫人のチャン王妃、そしてビルマからの貢ぎ物であるタプティムです。今回見てみて、この3人がそれぞれ違う女性像として描かれていたのが興味深いなと思いました。

まずアンナ。息子一人つれて、異国に、仕事で来ている女性です。ここまででもう凄いですよね!今のわたしが息子連れて一人でタイで仕事するか?いやいや、そんな勇気もスキルもない…。そんなことを1860年代にやっちゃう女性です。王様にも毅然とした態度で要求するし、女性は自立していると子供たちに語る。とても現代的です。西洋基準で考え行動する、西側女性の象徴です。

そしてチャン王妃。王様は素晴らしい人だと唯一語り、王様のためにあれこれと手を回します。表立って行動することはなく、尊敬する人のために献身的に動く。皇太子への接し方も穏やか。それでいて従属的ではなく、凛としている。日本の「良妻賢母」にも通じるような、東側女性でした。

最後にタプティムビルマからの貢物として王のもとにきた女性、女性奴隷・側室のようなものです。しかし英語はチャン夫人よりも上手い。初対面のアンナに「アンクルトムの小屋」をねだるような教養もある。奴隷解放を願っていてリンカーンの思想にも共感できる。

こう見ると、実は一番先進的なのは奴隷であるタプティムなのです。これを今回発見して、とても興味深いなと思いました。主人公のアンナですら、王様を非難するばかりで(Shall I Tell You What I Think of You?で歌われる)東洋文化を受け入れることはしません。しかしタプティムは、先ほども触れたとおり、アンクルトムの小屋をアジア風のお芝居にします。このキャラクターは面白いなと思います。それを描いた制作陣も面白い。

王様と私」には3人それぞれ異なるベースを持った女性がでてきます。なかでも一番立場の弱い人がしっかりした考えを持っている。そんな多様な女性像をバランスよく見せてくれるのが、この来日公演の魅力だと思います。

大切なのはGetting to Know You(あなたを知ること)

2015年のトニー賞授賞式、「王様と私」カンパニーは3曲披露しました。Getting to Know You、チャン夫人のSomething Wonderful、そしてShall We Dance?でした。

他作品では1曲しか歌わないことが多いので、「まさか3曲もやるとは」と思いました。Shall We Dance?だけでも良さそうなのに、どうしてGetting to Know Youを?と思ったのです。(Something Wonderfulはたぶん、チャン夫人役のルーシー・アン・マイルズが助演女優賞にノミネートされたから)

今回お芝居をみて、その理由が分かりました。恐らく今回のリバイバルでこの作品が一番言いたいのは「Getting to Know Youのすばらしさ」なのです。

単身タイに渡り王様が約束を守ってくれない中で、アンナがタイに残るのは子供たちを愛おしく思うからです。それまで王様に家が無くてはと要求していた彼女も、子供たちを紹介されると家のことはサッと忘れて「行きましょう!」と笑顔で走っていきます。

そんなアンナが子供たちに歌うのがこの曲です。「あなた達を知るのが嬉しいの。どんどん好きになるし、好かれたいと思うわ」と。また今回はこれをケリー・オハラが実に伸びやかに朗らかに歌うので…。王室学校のほのぼのとした、それでいて希望に満ちた空気が劇場中に広がっていくようでした。

単身異国へやってきた英国女性がタイ王室の子供たちと触れ合って、交流を深めていく。これはこの作品で描かれる多くの「交流」の象徴だと思います。

西洋と東洋、女性と男性、王室と奴隷。さまざまな異文化が作品の中で出会っていきます。そう思うと、最初は濃い西洋フィルターがかかってると思った作品が、実に多彩に感じられました。まさにGetting to Know You。私とは違うあなただけど、それを知ることで気づくものがある。それがこのカンパニーの描きたかったものかな…と私なりに考えました。

ラストシーンは謙さん演じるシャム王の最期です。西洋と渡り合える王室にしたいと願いつつ、自らが大きく変化するのは難しかった王は、皇太子が西洋式の価値観を取り入れる姿を満足げに見つめます。頑なに感じられた王様も、彼なりにGetting to Know Youを深めて、役割を全うしたのだな…と感じる場面でした。

間に合う方はぜひ劇場へ!映画公開も控えてるよ

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そんなわけで。今回は「王様と私」について深々と考えてみました。これまでは西洋目線でのアジア物語と思ってる節があったので、今回いろいろ新しい発見ができて良かったです。

舞台のチケットが間に合う方はぜひ劇場へ足を運んでみてください。ケリー・オハラの歌声が本当に素晴らしいから!!

そして「劇場は無理なんです…」という方には、ロンドン公演を映画館で見られる企画があるそうです。私もこういうのを他作品で見たことありまして、映画館は劇場より行き易いし、お値段もぐっと安くなりますし、俳優さんの表情がじっくり見られるし…。なかなかいいですよ!オススメです。メインキャストも今回の来日と同じく、ケン・ワタナベ、ケリー・オハラ、ルーシー・アン・マイルズ、出てます。