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やのひろです

気になるあれこれ

綺麗に並んだ言葉と写真に意味はないと思うのよ

メディアのこと 日々の雑記

こんにちは、やのひろです。

 

今やってる事の一つにWEBメディアの編集があります。

とはいっても編集をちゃんとやったことはないから、これが編集なのかどうかはわかりません。

仲間が書いてくれる記事を読んで「ここは直してね」とお願いして媒体の記事レベルがあがるようにする、ということです。

 

そこで感じるのは

「みんな自分のこと書くの怖いんだね?」ということです。

 

メディアと言ってもほとんどブログのような媒体なので

別に学術書みたいに正しいことを正確に並べる必要はありません。

他人から見て違うと思われても自分の意見を温度込めて言えばいいのに、

っていうかそういう言い方をしないと誰にも伝わらない単なる文字なのに、

みんな広告から文字を切って貼ったようなキレーイな文字を並べてきます。

 

写真もそうです。フリー素材を使っています。

フリーの写真は綺麗だけど何の温度もこもってません。

ぱたくそなどの写真が面白いのはそこに感情的な文字を載せるからです。

振れ幅のある文字を載せられるから面白いのであって

あの作られた写真に「部屋を綺麗にしましょう」とか当たり前のこと書いても白々しいだけです。

 

切り取ったような文字に作られた写真を合わせた記事が人に届くでしょうか?

逆にそんな記事が心に届いた経験ある?と彼らに聞きたい。

今度聞いてみよう・・・。

私はありません。面白いと思う記事はいつも書き手の個性があります。

書き手が自分を守るために整えまくった文字なんかちっとも面白くないです。

 

というか意識してキレイにしてればまだいいのですけど

もしかしたら「自分の感じたことを言葉にする」ことが苦手、

ひょっとしたら「何感じたか分かってないのかな?」とも思ってます。

 

例えばお店の紹介をしたいとする。

○○通りにあります、中はこんな感じです、おすすめは××だそうです、

美味しかったです、ぜひ行ってみてくださいね。

こんな記事が来るんですね。

 

それしか無かったらわざわざ紹介する意味ないじゃん。

食べログにもそんな風に書かれたテキストなんか山ほどあるじゃん。

君は何が美味しかったのか、どうしてこの店を紹介しようと思ったのか、

そこのところを教えてよ、というと(ホントはもうちょっとやんわり言う)

「ネットで人気のお店だったし・・・お店の人がこれ美味しいって言ってたし」

という返事がくるのです。

 

おーーい!書き手の君はどこいった!

なぜ書いてるんだ。伝えたいことがあるんじゃないのか。

伝えたくて書くんじゃないのか。

君にしか書けない君の感想にこそ価値があるのに

書けないどころか感じてないのかい!?

 

・・・と思うけども今のところはそうじゃないと信じて

「感想は人それぞれなんだから他人から違うと言われても大丈夫なんだよ。

 心配しないで自分が感じたことを素直に書いてごらん」と言ってます。

頑張れ・・・感じた自分を封印する癖をつけるな・・・。

今ならまだ間に合うと信じるんだ・・・。

 

これは学校でも感じます。

学校に行って子供たちと一緒にあれこれ考える機会もあるんですけど、

課題をみんなで考えて最後にそこで「誰か発表してくれますか~?」っていうと

素晴らしい答えがたくさん返ってくるんですね。

 

でも授業が終わってワークシートを回収すると

発表しなかった子のシートは個性的で面白いんです。

あれっ、どうしてこれ発表しなかったのかな?と思う。

 

もしかして・・・彼らは「教室向きの答え」を分かってるのかな。

自分の答えは教室向きじゃないから発表したら変に思われる、

だから言わないっていう判断をしたのかな・・・

そう感じることが時々あってゾゾゾとします。

 

これがもし繋がっているとしたら・・・

つまり、教室で感じる「これは言わないでおこう」が基本にあって

大人になってキレイな事しか言わない、むしろもう感じないようになってるとしたら

これは本当に本当に恐ろしいことだと思います。

私たちは感じるからこそ人間なのにそれを封印する訓練をしてるのか・・・?

 

感じることに罪悪感をもたなくていい。

感じたことを表現するのに後ろめたく思わなくていい。

ただし配慮しなくていいわけじゃない。

受け取られやすいような工夫は必要だけどそんなに難しいことじゃない。

思ったことを無かったことにするんじゃなくて

上手く伝えられる方法を一緒に考えようよ。

賛否両論はあってあたり前、批判も受け止めたらいいのだから

萎縮して綺麗にまとめすぎなくていいよ・・・。

 

そんなことをいま気にしながらやってます。

先は長く闇は深いのかもしれないけど、出来ることから一歩ずつ。

心と言葉は大事にしていきたい。

 

 

それではまた。