やのひろです

気になるあれこれ

【舞台】欲望という名の電車 NY版 感想

こんにちは、やのひろです。

 

ナショナルシアターライブ2015、欲望という名の電車を見ました。

 

ロンドン・NYの名作演劇が映画館で見られるという

ありがたい企画のひとつです。

何それ素敵!という方はこちらから詳細チェックしてみてください。

面白いよ、素晴らしいよ、ありがたいよ。

 

いきなり本筋それました。欲望という名の電車です。

 

タイトルは知ってましたが舞台をみる機会はなくて

名作なのだろうしNYの舞台好きだし、観てみよう!と行きました。

 

 

つらかった!!!!(・_・` )

 

タイトルからしてハッピーエンドではなさそうだけどね・・・

思った以上にきつかったよ。。女の辛さ満載だったよ。。

 

あらすじ

ニューオリンズのうらびれた下町。

そこに不釣り合いに着飾った女性が降り立つ。

欲望という名の電車に乗って、”墓場”で乗り換えて”極楽通り”に行きたいの」

 

彼女は未亡人ブランチ・デュボア。

ここに住む妹のステラに会いに来たのだ。

 

二人は大農園の娘だった。

妹は元軍人の粗野なスタンリーと結婚し、

たびたび争いながらも幸せに暮らしていた。

姉はそんな妹の暮らしを目の当たりにし眉をひそめつつ

実はあの大農園はすでに手放したと告白する。

ステラは突然のことに驚いて詳細を訪ねるがどうも要領を得ない。

 

言動があいまいで事情は分からないもののどこか気取ったブランチ。

不思議に思いながらも姉を気遣うステラ。

お高く止まったブランチが気に食わないスタンリー。

 

3人の共同生活は長引き、スタンリーはブランチの過去を探り始める・・・

 

現実と向き合えないブランチ

ブランチはとっくに変わっている現実と全く向き合いません。

それを表すセリフがあります。

 

「現実なんか要らないわ、私が欲しいのは魔法よ!」

 

それまで嘘っぽくしかしゃべらないのに

ここで初めてキッパリとこれを言います。迫力ありです。

 

大農園は先祖たちが遊ぶために切り売りしてしまい、

仕えていた者たちも年老いて居なくなり、

男性を惹きつけた美貌も既にない。

 

そのことを全部分かったうえで、

「そんなはずないわ!!!!」と全身全霊で否定し続けてるんですね。

 

何とかしようともがいてるようで、

実は問題の根本を見ていない。

そんなブランチでしたが、共感できてしまうから辛かったです。

 

現代女性にも共通する苦しみ

これを見てて、東電OL殺人事件を思い出しました。

この事件を題材にした桐野夏生の「グロテスク」っていう本も。

社会での生き方に行き詰ったエリートOLが夜は渋谷で売春していた出来事です。

 

幸せになろうともがいて、社会に翻弄されて、壊されてしまう。

1947年初演の舞台と1997年東京の事件が重なりました。

 

いまの私の周り、知り合いにも雑誌の中にも、似た気配があります。

 

こんなはずじゃなかった

私はもっと幸せになるはずだった

もっと綺麗になりたい、綺麗なはず

今度こそ幸せをつかみたい

 

普段はオブラートに包んでるけど

こういう”魔法”を私たちも追いかけちゃうんじゃないの、

現実と魔法の間で苦しんでるんじゃないの・・・と観ていて胸が痛みました。

 

こんな苦しみの前で私たちはどうしたらいいの?

辛いのは・・・

 

そんな状況になってても

女性は現実を変えられないのか!?

 

と思ったからです。

 

持ち駒は全部使った!(ように思える)という時に

状況に流されながら何かが好転するのを”待つ”ことしかできない。

それしかできないの!?と感じて、辛かった。

 

親からの援助はない。

仕事もない、美しさもない(※)、お金もない。

でも何とかしようともがいた結果、過去の汚名はある。

 

そんな時にブランチは

着飾ったり、プライドを保つよう振る舞ったり、他人を否定したり。

 

何か、もっと他にいい方法はないのかと!

 

これが古い女性の生き方なら私としてはまだ救われたのでしょうけど

上記の通り、いまの女性にも似たようなものをビシビシ感じてしまったし。

 

それに、

自分がブランチでも素晴らしい特効薬は見つけられないと思う。

せいぜい”これが私の人生なんだな”と足掻くことを止めて受け入れる程度です。

 

もうどうしたらいいの・・・(涙)

と、ラスト30分くらいは逃げ出したい気持ちでした。

 

※若くない、美しくない、という描写がたくさん出てくるんです。

別にそのままでも問題ないと思うのですけどね・・・。

実際はともかく、年を重ねると美貌を失うという前提も

全世界・前年代共通なのか・・・と思ってがっくりしました。

 

観客を引き込む舞台演出

作品の途中にあった説明によると

これを上演した劇場は他ではできないような挑戦的な演出が特徴で

演目ごとに舞台の位置から(!)変更するほど自由度が高いのだそうです。

 

今回のステージは客席より少し高い程度。

真ん中に家の骨組みのように立てられた空間と家財道具。

それを取り囲むようにぐるりと配置された客席。

 

お客さんの真ん中にスケスケの家がある感じです。

 

だから観てる側としては

透明人間になってその家の壁に張り付いてみてるような感覚で

お芝居の中のことというより、もっとずっと自分事に感じました。

抜群の臨場感と緊張感!辛さ倍増!

 

実際に劇場でみてたらもっとすごかったんだろうなぁ・・・。

女の生きづらさにこんなにも打ちのめされたのは

この演出の素晴らしさによるものもあると思います。

 

映画も観てみました。主演はビビアン・リー

あまりに辛かったので希望を求めて映画も観てみました。

主演は「風と共に去りぬ」でスカーレットを演じたビビアン・リー

スカーレットと本作でアカデミー賞主演女優賞を受賞しています。

 

スカーレットと同じ人?と思っちゃうほどの熱演。

wikiによると女優として低く評価されることもあったそうですが

どこが?と思うような、素晴らしいお芝居でした。

 

現実を避けながら漂うように生きている様、

夢見ているのに既に手放したものを惜しむ様、

再建と崩壊の境界線でギリギリ自分を保つ様、

 

やっぱりこっちも辛かったです・・・(泣)

 

たぶん、ラストシーンが映画と舞台で異なりました。

妹の最後のセリフ「もう戻らないわ、絶対に!」が舞台にはなかった。

連れていかれるブランチを見送って終わりでした。

 

その分、映画のほうがほんの少し希望を感じました。

ブランチは上手く生きられなかったけど

妹のステラは、既存の環境に翻弄されることなく

新しい時間をたくましく生きていけるのかもしれない、と思えて。

 

舞台版でそこを削ったのは

ブランチの悲しみを前面に押し出すためだったのかな。

人生に失敗した女の悲哀が、スクリーンから溢れていました。

 

それではまた!