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やのひろです

気になるあれこれ

映画「6歳の僕が大人になるまで」 感想

映画「6歳の僕が大人になるまで」

 

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こんにちは、やのひろです。

この作品は12年かけて撮影されているので映画と現実で時の流れが同じ、

というところが話題のものでした。

毎年夏休みに集まって撮りためていたそうです。すごい企画!!

 

 

作品の結末に触れてますので

知りたくない方はここでストップしてくださいませm(_)m

 

 

 

 

お母さん、可哀想!!

 

私は女ですからやはりお母さんにいろいろ考えさせられました。

 

途中にあったお母さんのセリフ

「最悪な選択をして家族を困らせるのが趣味なの」

 

これ辛い・・・。

 

自虐的にこう言ってしまうほどの人生。

確かに結果だけ見ればよい選択じゃなかったかもしれないけど

その時はそれがベストで、それぞれの夫を愛していたのだと思うのです。

夫たちがそれぞれ家と食べ物をくれたお蔭で子供育ったわけだし・・・。

 

最後のセリフ、

「もっと長いと思ってた。この後何があるっていうの。私の葬式だけよ!」

 

これも刺さりました。

 

はたから見たら女手一つで二人の子供を育て、キャリアも積んだ女性。

そんな女性の終着点がここだとすると・・・かなり暗い気持ちになります。。

 

 

実のお父さん、いい人だな。

 

実の父はテキトーそうではありますが、

意外と世の中を正しくみてました。

 

まだ小さい子供とボーリング場で政治の話をした場面には驚きました。

 

「9.11とイラクは関係ない。お前たちに選挙権があったら誰に投票する?

 答えはブッシュ以外だ」

 

なんと、政局を正しく把握してる!

撮影当時このこと(イラクとテロは関係ない)はすでに周知の事実だったのかしら?

もしまだ政局がはっきりしない中でこのシーンを撮影してたとしたら・・・

監督、なんて素晴らしいの。

 

これ以外にも子供に大切なことをいうのはすべてお父さんからで。

ここに日本文学との差を感じました。

 

親子関係のちがい?

 

私が日本文学科で学んで今も役立ってる唯一の(笑)こと、それは!

「日本文学は母と娘の関係が中心である」ということです。

 

その代表がジブリ作品で

ジブリが日本文学なのか!?という話は置いといてください。

 私もナゾでしたが私の先生は堂々とジブリ論という授業をやってたのです)

あの作品の主人公は必ず娘で、しかも母親は不在、または関係が薄いですね。

母親は娘の成長に手助けしてくれない、というのが日本文学の中心なのだそうです。

 

面白いのは父親で。

母親の代わりに父親が登場するかと思いきや、しないのが日本文学です。

ジブリ主人公の父親って思い出せますか??かなり存在感ないでしょ?

(ちなみにジブリでは、その代わりにおばあちゃんがや他所のおばさんがいます)

 

なのにこちらではガッツリ父親が子供の成長を助けてくれます。

これはアメリカ作品としては主流なのかなぁ?どうなんでしょう。

どなたかご存知でしたらぜひ教えてください^^

 

この作品では上記の通り

お母さんも彼女なりに子供のこと考えてたんだと思うんだけどなぁ。。

 

 

「いま」をどう捉えるのかという物語

 

えっ、いま終わる!?というところで幕だったので驚きましたが

後から考えたら非常にいいエンディングでした。

あそこが主題だったのかと、後でわかりました。

 

彼女「一瞬を逃すなと言われるけど、それってよくわからないわ」

主人公「そうだね。だって一瞬は常に自分の周りにあるんだから」

 

なんて若々しいセリフなんだろうー!!!

思わず直前のお母さんのセリフがよみがえります。

「もっと長いと思ってた」と。

 

彼らがこれから時を重ねて

いつの間にか”逃して”しまった一瞬に思いを馳せる時がくるのかもしれません。

まさに「もっと長いと思ってた」というような時が。

 

その時彼らはあのラストシーンになった瞬間を覚えているのかな。。。

「瞬間」を想ったときのことを。

ひょっとしたらすっかり忘れて、積み重なってしまった時の脆さに驚くのかも。

 

人生って切ないなぁ。。

 

 

日本人にはピンとこない箇所も多かったかもしれないけど

アメリカの家庭と時代を切り取った作品だったと思います。

時代の空気を反映させた作品を作る点で、

アメリカの創作と文化を尊敬しています。

 

それではまた!