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やのひろです

気になるあれこれ

文庫サイズ ブックカバーの作り方 長さ調節・しおり・開き防止付き

こんにちは、やのひろです。

 

自分の備忘録と皆さまへの共有の意味で

私がよくやるブックカバーの作り方をご紹介します。

良かったら参考にして作ってみてください(^^)

 

完成品はこちらです。

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材料(単位:cm)

・本体表布(下図の通り)

・本体裏布(同上)

・バンド(同上)

・ゴム 20

・しおり(リボン) 30

※〇の中に書かれた数字は縫い代です。

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今回はおにぎりが表地でストライプが裏地です。

 

下準備 接着芯をつける

このまま作ると生地が柔らかすぎて使ってるうちにずれてきちゃうので

表地にアイロンで接着芯をつけて生地をしっかりさせます。

 

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 表地より一回り大きめにざっくりと芯を切ります。

 

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アイロン台<クッキングシート<表地<接着芯<クッキングシート

と重ねて上からアイロンで押し付けます。

この時アイロンを滑らせると芯がずれるので上からぎゅっと押し付けてください。

隙間が出来ないように少しずつ位置を変えてギュッギュっと抑えます。

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くっついたら余った接着芯をハサミで切ります。

これで下準備は完了です!

 

パーツを作る

まずバンドを作ります。

6cmあるうちの両側1cmを内側に折って、さらに半分に折ります。

その状態でアイロンをかけて折り目をきっちりさせて

ミシンでぐるっと周りを縫います。

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つぎにゴムを表地の表側に縫い付けます。

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上下を1往復。

縫い代は5㎜程度のぎりぎりで縫ってください。

本体よりゴムの方が長いので縫い付けたら余った部分は切ります。

 

続いて裏地の表側にバンドとしおりを縫い付けます。

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バンドはゴムと同じように上下縫って余った部分を切ります。

しおりは上部だけ縫い付けて終わりです。

長さは最後に調整します。

 

本体を縫う

本体のこの部分を縫います

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表地と裏地の表側同士をくっつけて、裏側から縫います

(=中表で縫う)

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次に、今縫った部分を内側に7cm折りたたみます。

ここがブックカバー作り最大の山場です!(笑)

最初作ったとき私も意味が分かりませんでしたが頑張りましょう!

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この後、上下を縫っていくんですけど、

ここを折りたたんでおくと最後にこうなるんです。

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折りたたまずに進めるとこの縫い目がボコッとした状態で出来上がってしまい

本を入れた後に閉じることができなくなります(経験済み 笑)

ここをスッキリさせるための対応なのでちょっと難しいですが頑張ってください!

 

無事に折りたためたら周りを縫います。

この時、後から裏返すために7cmほど残しておきます。

 

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この時、しおりも一緒に縫ってしまわないように

生地の内側にしっかり入れておいてください。

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先ほど折りたたんだ部分は生地が重なって厚くなってますが

遠慮せずにぐいっと縫ってください。

 

そうしたら縫い残してあるところ(返し口)から生地を裏返します。

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形を整えたら、返し口も周りの縫い目に合わせて織り込んで上から縫います。

 

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ここでしおりの長さを調整します。

本の対角線に来た時でもちゃんと持っていられるかが大事なので

実際に本にかけてみて持ちやすい長さで切ってください。

 

最後にアイロンで折り目を整えて、完成です!

 

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お好きな生地で試してみてくださいね♪

 

それではまた~!

映画 帰ってきたヒトラー 感想

こんにちは、やのひろです。
今日は「帰ってきたヒトラー」を見てきましたので
ネタバレありの感想書きます。

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半分はドキュメンタリー

なんとこの映画。

実際にヒトラーに扮した俳優さんがドイツ各地を回ったそうです。

 

デヴィッド・ヴェンド(監督)が最も興味深いヴィジョンを持っていた。
彼はヒトラーを街頭に送り出し、フィクションにドキュメンタリーを融合させようとしたのだ。
「現代にヒトラーが現れたらどうなるのか?
この疑問に対する答えを得るには、この手法しかなかった。
何かを主張するには、リアリティが大切だと思ったんだ」とヴェンド監督は説明する。(公式サイトより引用)

 

確かに途中ヒトラーが街の人達と触れ合うシーンがたくさん出てきて

それがあまりにナマっぽいやりとりなので

「これはリアル?それともお芝居?」と思っていたのですが。

いや~、まさかほんとにやっていたとは。

 

だって、思っていたよりドイツのみなさんはヒトラーに友好的なんですもの。

 

私てっきり、今でもドイツでナチス式の敬礼なんてしたら

みんなが眉をひそめて下手したら警察がでてくるほどのタブーなのかと思ってたのに

待ちゆく人はヒトラーを見てわいわい寄ってきて自撮りを楽しんだりするんですね。

 

ドイツ・・・思ったよりお茶目だな・・・。

 

もちろん嫌悪感を示す人もいるんですけどね。大部分は楽しんでた。

そのことが良いのか悪いのかよく分からなくて

ドキュメンタリー部分は複雑な気持ちでみていました。 

 

もしかしてそう見えるように友好的な人だけ使ったのかな?とも思いましたが

公式サイトにこう↓書かれていたので、おそらく事実に近いんだと思います。

 

ムーラー(制作担当)は「驚くことに、多くの人々が偽のヒトラーを歓迎し、彼と一緒に自撮りをしたがった。
民主主義に毒づき、誰かがもう一度ドイツで思い切った手段を
取ってくれることを望んでいた人たちもいた」と語る。

 

プロパガンダの目線から考えてみる

ナチスと言えばプロパガンダ。

この映画でもメディアがたくさん登場します。

テレビはもちろん、インターネットも。

ネットの存在が二次大戦中とは大きく違うところですよね。

 

ナチスは計画的にラジオや映画を使うことで国民を陽動したわけですが

この映画ではヒトラーはメディアをどう使うか全然計画しません。

テレビやネットが勝手に騒ぎ始めるんです。

 

ヒトラーのそっくりさんは視聴率いい!と判断したテレビ局が彼の登場回数をどんどん増やしたり、

twitterに「ヒトラーと写真撮っちゃった~」という投稿が溢れたり、

youtubeで「彼は何者なんだ?」という話題が増えたり。

 

どの媒体も自発的にヒトラーを扱っていくんですね。

 

この流れがまたとってもリアルで、苦笑いでした。

まぁそうなるよね、、と思うものの、彼は本物のヒトラーなのに大丈夫?って。

 

 メディアリテラシーの目線から考えてみる

分かりやすいのでyoutubeを例にしましょう。

 

一人のyoutuberがいたとします。

その人は再生回数を多くして広告収入を増やしたかった。

その為には多くの人が見たくなるような話題を提供しなければなりません。

ということはこう考えるはずですよね。

「みんなが見たがる内容の動画を作ろう」って。

 

映画の中でヒトラーを扱うyoutubeがたくさん出て来たということは

多くのyoutuberが「ヒトラーの動画を作れば再生回数が伸びる」と思ったからで

たくさんの人がヒトラーのことを知りたがっているだろうと判断したということです。

 

ここがメディアの怖いところだと私は思います。

 

「え?いまヒトラーが流行ってるの?」というライトな人から

「復活したヒトラー好き好き!もっと知りたい!」というヘビーな人まで、

ヒトラーが出てるチャンネルに合わせた、yoiutubeを再生した、ツイートをRTした、

その行動で「この情報に興味があります」という意思表示になり

メディア側に「調子がいい!次もこの話題でいこう!」と思わせる。

 

ひょっとしたらそれらを見ながら「まったく、こんな話題で騒いで・・・」と思ってる人もいるかもしれませんが

そこはメディア側に伝わらなくて、むしろ支持層として数字がカウントされちゃう。

 

これ、何かいい方法ないのかなと私は普段から思ってます。

その情報要らないよっていう意思表示をするには今のところ「見ない」しかないんだけど

見ないだけじゃ積極的に意思表示することにならないのよねん・・・

まぁ今はその話は置いといて。

 

映画の中でもそうでした。

各メディアがヒトラーをどんどん取り上げる、それは見たいと思ってる人がいるから、という構図。

怖かったです・・・。

民衆が知らず知らずのうちにヒトラーを支持していました。

 

もしこれが本当で、ドイツがまたナチスに傾倒していって、後世にこのことが検証されたら、

一体何がナチス拡大の原因になったとされるんだろう?

映画を見る限りでは「人々がそれを望んだ」という風にしか見えませんでした。

 

日本だとどうだろう?

日本はドイツと同じ敗戦国ですから、日本だとどうだろう?と考えながら見てました。

 

まずヒトラーのように「この人があの戦争の元凶だ」という人物がいるか?

 

歴史の授業ではそこまでズバリな人物名を習わなかったし

映画「日本の一番長い日」を見ても特定の個人は居なかったように感じました。

 

その「日本の~」ではポツダム宣言を受諾するにあたっての混乱が描かれていて

その様子が実に日本っぽくて見ながら苦しくなりました。

 

みんなもうこの戦争はダメだと分かってるのに止められないんです。

みんなで始めたことだから、誰かのブレーキでは止まれないように見えました。

逆にヒトラーのように「こいつだ!」っていうのが一人でもいたら

その人の死や宣言で終われたかもしれないけど、日本には居なかったんだなと。

 

これは・・・良いんだか悪いんだか(^^;

 

ドイツのように「ヒトラーはダメだ。あれだけは絶対にいけない」と言える存在が

もしかして日本にはないんじゃないのか。

私たちはあの大戦の何を反省したらいいかホントに分かってるのか。

もしまた日本にあの大戦と同じ空気が流れたとき、何で察知したらいいのか。

 

この映画で復活したヒトラーが鳴らす警鐘が

もしかして日本にはないんじゃないの・・・?

 

なーんて。

映画が進めば進むほど、考えれば考えるほど分からなくなって

ひたすら「怖い!!!」でいっぱいになった映画でした。ガクブル。

映画 FAKEをみてきたので感想 ~それすらFAKE~

森達也監督のドキュメンタリーFAKEを見てきました。

主演はゴーストライターが居たと話題になった佐村河内守氏。

 

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先に言い訳しちゃうと

ドキュメンタリーはあまり見ないので森監督については詳しくありません。

他の方のレビューを見たら結構「森監督らしい!」という声があったのですが

その点については私は語れません、ごめんなさい。。

 

そして、あのゴーストライター騒動についてもあまり詳しくありません。

ああやってマスコミから始まり終いには社会全体で一方を責めるような出来事が

あまり得意ではなくてなんとなく避けちゃうんで。

なんとなくの概要は知ってる程度です。

 

じゃぁなんでこの映画を見に行ったの?というと

佐村河内さん側の言い分に興味があったからです。

上記のように「アイツ、悪!」ってされた人が実はどう感じているか知りたくて、

そのきっかけになるかなーと思って見に行きました。

 

この先、内容に踏み込んだ感想をつづるのでネタバレあります。

 

真実は、無い!

感想は、もうこの一言に尽きます。。真実は無い!

 

「事実」は色々とあるんだと思います。

でも「真実」はない。

真実は人によって、その人の価値観によって変わるから。

 

私はそれがタイトルにも出てるんじゃないかと思ってまして、

この「FAKE」っていうロゴ、よーくみると「A」と「E」がボケてるんですね。

 

私たちは「偽り」を見てるわけだけど、その「偽り」は霞がかってて

じゃぁ何が「偽り」で何が「真実」かというと、さて何だろうね?っていう。

そういうことなのかな、と思いました。

 

映画が切り取った「事実」から私が感じたこと(=印象)

映画で表現されたものをどう受け取るかは人によって変わるとしても、

そこ起きていたいろんな「事実」は存在します。

中でも私はこの2つの出来事が印象的でした。

 

1:暖かい夕食を前にしながらゆっくり豆乳を(1Lも)飲むシーン

 「どうして豆乳飲むんですか?」「好きだからです」

2:海外ジャーナリストが事の顛末をインタビューしに来たシーン

 「どうしてピアノを捨てたんですか?」「部屋が狭かったからです」

 

こういう場面があった事実から、私が抱いた印象はこうです。

 

この人、嘘ついてないんだろうな。

 

正解かどうか、真実かどうかは別ですよ。

「事実」から私が感じた「印象」です。

 

だって嘘つくならもうちょっと上手くつくと思うから(^^;

豆乳は、まぁいいでしょう。ちょっと気が抜ける返事だけど

晩御飯を後回しにするくらい(冷めるのに)豆乳が大好きなんだねってことで。

 

でもピアノの話は無い!

自分の身の潔白に関わる大事な話でしょう。

事実は「部屋が狭かったから」にしてももうちょっとカッコよく言いたくならないもんかな。

 

でもでもでもでも、色々あったじゃない、この人!

まさかこの人が嘘ついてないなんて、そんなわけない!と

思いますよね、普通。

 

「嘘」ってなんだろ??

上記の通りこの騒動にあまり詳しくなかったので

映画のレビューを読みながらあの出来事も振り返りました。

特に騒動に触れていたのはこのレビューです。

 

聞こえるのか、聞こえないのか。作曲できるのか、出来ないのか。

歩けない設定どうした、頭の中の五線譜どうした、などなど

いろいろ細かい点について解説されてる記事でした。

読みながら「へ~、そんなポイントだったのね」と思った。

 

映画を見て、こういう検証されてる記事を読んで、

それの上での私の感想は「うん、やっぱり嘘じゃないんだろうな」です。

 

世の中ではそれを虚言癖というのでしょうけども

恐らく本人は「嘘をついてる」という自覚なしに

その時ベストだと思われることを話したり表したりしちゃうのでしょう。

多くの人は「それオカシイよね?」と思う事なんだけど

本人はたぶんそう思ってないのだから・・・

もうそれこそ「だた一つの着地点は、ありません!」ということかと思います。

 

ラストシーンはかなりびっくりな場面で終わります。

うわぁぁ、ここで終わるか!!と驚いたし、にやっとしたし、心地よかった。

 

あのシーンもそういう事なんじゃないかと私は受け取りました。

彼は自分にとっての「嘘」と世間からの「嘘」の間で混乱してるんじゃないかな、と。

だからああいう場面になったんじゃないかと思います。

 

それでも許せぬ!という人もいるのでしょう。

それはその人の立場によってこれまたそれぞれだと思います。

障害を笠に着るとはなにごとだ!という人とか

そんなことで金儲けをするとは言語道断!という人とか。とかとか。

 

それはそれだと私は思います。

あえて、私がこの件で何か残念な点をあげるとしたら

せっかくの音楽がこの騒動の所為でイロモンになっちゃったことかな。

でも別に許せなくはない。音楽が可哀想だね、と思うだけです。

それ以外の人も当然いるだろうなという上でね。

 

気になるあれこれ&参考記事

最後にいろいろ気になった点と、参考にした記事を並べます。

 

・ケーキ

 ケーキの映画でしたね(笑)

 あの状況で綺麗な(そして多分美味しい)ケーキを出し続ける奥さんに感服しました。

 奥さんの愛を感じた。強い。

 そしてまさかケーキで終わるとは。素晴らしい。

 

・外国人ジャーナリスト

 意図されてそう見えてるんだかどうか分からないけど

 日本のマスコミとの姿勢の違いが明らかで、興味深かった。

 

・猫

 猫の映画もありましたね!

 映画館でもらったチラシはこんなでした。猫の瞳にうつるのは・・・

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参考にした記事はこちら!

 

 

岡村靖幸×松江哲明 : 森達也監督15年ぶりのドキュメンタリー映画 佐村河内守“主演”の『FAKE』を語り尽くす! 前編 | GINZA | CULTURE

 

あ、最後に。ほんとにこれで最後。

感音性聴覚障害ときいて思い出した動画があるので貼っておきます。

 

 

コミュニケーション上は分からなくても実は聞こえにくいということはあるのですね。

 

今までも安易な「正解」や「真実」は怪しいもんだなと思ってきましたけど

この映画を見てますますその思いを強くしました。

 

あるのは「事実」と「自分の意見」と「他の人の声」だけなのでしょう。

バランスのとり方は人それぞれ。

簡単にスパッと決めた真偽や善悪を

押し付けたり押し付けられたりしないよう、気をつけていきたいです。

 

なーんてね、この感想もきっと誰かにとってのFAKE。

こうやってたくさんのFAKEを作り出すのが監督の真の目的だったりして・・・

お台場でバーチャルリアリティ体験できるVR ZONEにいってきた感想

こんにちは、やのひろです。

旦那さんに誘われてお台場のVR ZONEに行ってきました。

 

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VR ZONEとは!

バンダイナムコが期間限定でオープンしているバーチャルリアリティゲームの施設。

ヘッドセットをつけてゲームの世界へいざ行かん。

 

 

でも私・・・実はゲームしないんです(汗)

 

 

ゲーマーで最新技術好きな旦那さんに連れられて行っただけです。

なのでそんなユルイ人の感想としてお楽しみください・・・

 

来場は予約制、結構高い・・・かも

 

ふらっと遊びに行っても入れなくて、来場は予約制です。

WEBサイトで予約してからいきましょう。

 

予約時間になったらスタッフの方が中に案内してくれます。

そしたら遊ぶために必要なカードを買って(300円)

遊びたいゲームに応じた金額をチャージして(700円~1000円)

大きい荷物はロッカーに預けて、ゲーム開始です。

 

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先に言っちゃうと、この日2人で5000円使いました・・・。

1時間半遊んで5000円が高いか安いかは人によると思いますが

それくらいの覚悟で遊びに行ってください。

 

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この中から体験したいゲームを選んで挑戦です。

 

まずお化け屋敷!!!

 

旦那さん、まずロックオンしたのがお化け屋敷。

 

スタッフさん「このゲームはお二人で挑戦していただくゲームです」

やのひろ「ごめん、私いかない。お化け屋敷無理です」

旦那さん「えぇ~・・・そうなの?」

スタッフさん「ではいまもう一人を手配しますね」

 

ん・・・?手配ってどういうこと??

と思ったらここで働くスタッフのお姉さんがやってきてくれました!

マジで!お姉さんゲームで遊ぶところも仕事のうちなの!

 

スタッフさん「私、ここで働き始めて2日目でこれ体験するの3回目です」

 

すごい・・・強者だ。私絶対にできないよ、この仕事。。

 

という訳で旦那さんとスタッフの女性2人組という

摩訶不思議な組み合わせでお化け屋敷体験が始まりました。

 

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ちょっと暗いけど頭に大きなヘッドセットつけてるの分かりますか?

この内側に映像が映ってます。

 

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外側から見えるのはこれだけです。

女性の前にある白黒のイラストはただの絵で動きません。

 

スタッフさん「あれ?お兄さんどこにいますか?」

旦那さん「あ、右です。いま右に立ってます」

スタッフさん「あ、ほんとだ。右にいますね。どっちにいきます?」

 

っていう感じで話しながら進んでいくんですけど

この時の並びは【旦那さん スタッフさん】だったんですね。

つまりスタッフさんの右は壁なんです。

でも彼女は誰もいない右側を見て「そこに人がいる」と認識してました。

 

そう、バーチャルリアリティは体験してる側は大変なリアルですが

見てる側からするととっても不思議なものでした。

何も起きてないのに悲鳴を上げる、誰もいないのに話しかけてる、という状況。

でも・・・

 

スタッフさん「うわっ!!きゃーーー!ごめんなさいごめんなさい!ぎゃーー!」

 

3回目の体験である彼女の絶叫を聞きながら

やっぱり私はこのゲームはやらなくて正解、と思ってました(笑)

旦那さん「うん、やのひろには絶対無理だね、これは」

だよねー・・・

 

続いて、地上200メートルを歩く

 

次にやったのは地上200メートルにいる猫を助ける、というゲームです。

これまた私は不参加。

旦那さん「えーー!またやらないの?」

うん、、だって怖いの無理だもん。。


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地上200メートルの実際はこんな状態です。

 

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なーんだ、と思いませんか。

私もこの木の板を歩かせてもらったけど、少しグラグラするくらいです。

普通にまっすぐ歩けます。

 

ヘッドセットをつけて

 

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いざ地上200メートルへ!

(どうやらエレベーターで昇る映像を見ているらしい)

 

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隣で体験されているTシャツの方、かなりバランス取ってるでしょう?

目を開けて歩けばバランス必要なく普通にすたすた歩けるところを

とても慎重に、そろそろ~っと歩いてました。

お化け屋敷は余裕だった旦那さんもちょっと及び腰・・・。

 

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猫を助けて、、(黒いのは猫らしい)

 

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戻る、、、のだけどこの時は板がどんどん壊れてるらしくて

「うわっ!壊れた!」と叫んでました。

 

無事に(?)エレベーターまで戻った旦那さんは黒いものをなでながら

「もう大丈夫だよ~」と言ってましたが、猫っていうか黒い物体・・・。

 

ついに私も体験!スキー滑走!!

 

せっかく来たんだから私も何かやらなきゃ、ということで

スキーで急斜面を降りる、というゲームに挑戦しました。

 

待ちながら体験している男性を観察していたのですが・・・

 

「うわっ、無理だこれ!」「あぁぁ~~~!」

「ぎゃーーー!」「くっ・・・うわーー!」

などなどの声を上げながら必死にパラレルターンされていて

一体何が起こるんだ・・・とドキドキしました。。

 

ヘッドセットをつけて、ヘッドホンをして、見える世界は・・・

 

完全にスキー場。

自分の手も足もちゃんとある。スキーウェア着てる。

思わず「うわぁ」と声を出したら息が白く出る。

そんなはずないのに何だか寒いような気もしてきました。

 

一瞬で山頂にワープして、何の目印もない中ふもと目指して出発!

岩にぶつかる!ドカーン!

崖から落ちる!ひゅるるるる!

耳元でガイドの声が「あぶない!」「あっ!」など言ってくれますが

どうすることもできません。もう勢いに任せていくしかない。

 

なるべくスピードを出したくないから必死に腰を落としてエッジを利かせる。

あー、いま私たぶん外から見たらさっきの男性みたいに

”体だけスキーしてる人”なんだろうなぁと思うけどカッコよくやる余裕なし。

ガイドボイスに「頑張って」と言われても「無理だよ!」と言うしか無し。

 

結局コースの半分くらいしかいけないままゲームは終了でした。

えっ、もう終わり?ってくらい。

もしかしたらそれなりの時間やったのかもしれないけど

映像がリアルだった所為かゴールしてない残念感が強かったです。

 

ゲームオーバーのシーンは夜のスキー場で

月が見えたから上を見てみたら満天の星空でした。

「うわぁ・・・きれい!」と言ってる後ろでスタッフさんが

「あの、、ヘッドセット取りますよ~」と言ってました。

お、、、そうだった。これ映像だったわ・・・。

 

最新技術としては◎!ゲームとしてはこれから?

 

意外にも、この日来ていたお客さんのほどんどはおじさんグループでした。

技術視察なのかなぁ?仕事で来ているという雰囲気の方が多かったです。

まぁお金もそれなりにかかるし、学生さんなどは見かけませんでした。

 

私がやったスキーゲームは、できれば道のガイドをしてほしかった。

「この先崖があります、気を付けて」とは言ってくれるけど

どっちが崖なのか、どっちに行けばゴールなのかは案内してくれません。

ゲームの難易度にもよるのだろうけど、最近の親切なゲームからすると

画面のどこかに地図や道順の案内があった方が受け入れられやすいかも。

 

最新技術としては注目度大、ゲームの完成度としてはこれから、という印象でした。

数年のうちにゲームセンターのゲームはこういうのが増えるかもしれませんね。

 

最後に。

せっかくの技術に冷や水を浴びせるような意見で恐縮なのですが

情報モラルに携わってる者として気になったことをちょっとだけ。

 

これだけリアルな体験ができるゲームが普及したら

また人の心理やコミュニケーションの在り方が変わるのだろうなぁと思いました。

 

良い変化もあれば困った変化もでてくるはずです。

結局、新しいツールはどんどん出てくるんだから

人間の方の軸足をデンとしっかり踏ん張って上手く使うしかありません。

VRが本格稼働する前に今あるツールとの関係を確立させて

VRが来ても大丈夫!な世の中作りに協力したいな、と思いました。

 

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最後やったロボに乗るシューティングゲーム

ロボとのシンクロシーンはエヴァのそれみたいで

ゲームしない私でもドキドキしました。目標をセンサーに入れてスイッチ。

高校時代の恩師に再会して思い出し涙が止まらない話

連休中に母校で部活の同窓会(?)がありました。

 

たびたび書いてるとおり私はずっと吹奏楽部でして、
当時の顧問が今年定年されるとのことで歴代のOBが集まって
現役生たちと一緒に演奏する機会を得たのでした。

 

すみませんけど、
ここからしばらく私の「素敵な先生話」にお付き合いください 笑

 

この顧問、O先生としましょう、O先生は、
厳しくて話の長い先生でした。

 

入って数日で「君たちはもう半分大人なんだ。もっと自覚を持て」、
1年間通してずっと「楽器が吹けることに感謝しなさい」、
「自由に楽器が吹ける環境がどれほど恵まれてると思うんだ」。


長くて早口で話すことは全部注意で、
高校生の私は「よく分からん」と半分以上ぼんやりしてました。

 

そんなこんなで1年が経ち
私が高2に上がるとき先生は10年いた母校を離れることになりました。
この段階ではたぶんO先生になんとも思ってなかったと思います。
あの長い話から解放されるよー、くらい考えたかも。

 

うちの学校はなんでもお祭りにする校風で離任式もそのうちの一つでした。
部活の生徒や前年のクラスの子が先生を派手に送るのです。

 

私たちは部活でやったファンファーレを吹こうと体育館の2階通路に隠れてました。

 

「また話が長いだろうからしばらくこのままだな」
そんなことを思ってしゃがんでいたら先生が壇上に上がりこう言いました。

 

「すぐ終わるから静かにして。
 あのね、人生って一度しかないから。
 後悔しないで。
 じゃぁ、さよなら」

 

えっ

 

あまりに意外でドキッとしました。
話が短かったことも、最後の話がそんな、人生なんて。
そんな考えたこともないような話なんて・・・

 

慌てて立ち上がって先輩たちとファンファーレを吹いて
先生ははにかみながら席に戻り、学校を去りました。

 

自分がメインの年が過ぎて、卒業して、社会に出ても
あの時の先生を忘れられませんでした。
「後悔しないで」
そう言う先生を思い出しては「これは後悔しない道か?」と考えたりしました。

 

数年前、その思いが猛烈に高まった時があって
O先生は確か今どこかで校長先生をされていたなぁと思って
ストーカーのようにネットで先生の名前を検索しまくりました。

 

そしたらとある学校にいらっしゃる事が分かったので手紙をだしたら
大分経ってから返事が来ました。
なんと先生はその学校を既に移動されていたのを、
私の手紙を受け取った学校が先生に転送してくださってつながったのです。

 

そこから年賀状のやり取りが始まり、昨年の年賀状にこう書かれてました。
「来年で定年です。あの高校に戻る夢はかなわないみたいです」

 

先生と母校で楽器を吹かなくちゃ!!
この瞬間そう決意して、当時の部長に連絡して、
最終的には部長が全部段取りをとってくれて、連休の再開が叶ったのでした。
えーと、再会までの道のりでは私1ミリも頑張ってません 笑

 

久しぶりに会った先生は、穏やかでした。

 

「先生、なんだか穏やかになられて・・・」と言ったら
顔をくしゃっとさせて「いや、違うんだ。お前たちには厳しかったよな」と
申し訳なさそうに言うのです。
「あの年は企画が多かったから仕方なかったんだよ」と。

 

あれから私も少しは大人になって、
幸運にも高校の吹奏楽で司会をさせてもらったりして
高校の先生、部活の先生がどれほど大変か思い知りました。

 

「先生、私あの時なにも分かってなくて・・・すみませんでした」
恥ずかしく思いながらそう言ったら「いや、そんなのはいいんだよ」と。
「順番だからいいんだよ」と言っていました。

 

思えば先生は
ずっと同じことをおっしゃっていたのかもしれません。

 

悔いなく生きろ。
その為に自立しなさい、責任感を持ちなさい、感謝しなさい。

そして多分「今は分からなくてもいつか分かればいい」とも。
私は先生と1年しか過ごさなかったけど、
その時言われた言葉に15年以上も教えられていたのでした。

 

そのことにこんなに時間が経ってから気が付いて
ありがたくて嬉しくて感謝が止まらなくて、もうずっとウルウルしてます。
いまも喫茶店のナプキンで目をぬぐいながらこれ書いてます。

 

どうしてこのO先生がこんなにも特別なのか、いまようやく分かりました。

 

先生は誤魔化さずに生徒と正面から向き合ってくれていた。

 

高校生なんていう複雑な時期の、吹奏楽部なんていう個性豊か過ぎる生徒を
子ども扱いせず、見下さず、馬鹿にせず、届かなくてもずっと語り掛けてくれました。

 

私が社会に出てから過ごした人たちをざっと思い出すと
人を馬鹿にしたり陰口を言ったりして自分を守る人たちばかりです。
いますぐ出来ないことを批難して責任を他人に押し付けて。
私も流されて時にはそっちに参加してしまいました。

 

いやー、でもダメだ。そんなの全然カッコよくない。
O先生はほんとにカッコいい。いい大人だ。
私もこんな風になりたい。遠いけど。
若い世代にいい影響を与えられる大人になりたい。

 

こんなこと考えるようになってしまったいま、
まさかこれで先生とお別れっていうのはありえないので
何らかの形でまたお会いする機会を作りたいと思っています。

 

はー、すごいわ。教育者ってすごい。O先生すごい。
教わってた時からこんなに時を経ても学びがあるなんて。
高校時代O先生にあえてほんとに良かった。

 

最後にもう1つだけ、先生との忘れられない思い出を。

 

部活では毎年”1年生合奏”というのがありました。
新入生が夏の間に先輩抜きで1曲仕上げて文化祭で演奏するのです。
私たちは「大草原の歌」という曲を選びました。
決して易しくはない、吹きごたえのある曲です。

 

O先生は反対しました。「お前たちには無理だろう」と。
でも私たちはピンと来てなかったので(笑)そのまま練習しました。

 

夏の合宿で、コンクールに向けた練習が終わった夜遅く、
じゃぁ1年生合奏やろうかとなってO先生の前で演奏しました。

 

ジャーン!と壮大に終わって、指揮の先生からいくつか指摘があって、
O先生どうでしたか?と話を振ったら照れくさそうにニッと笑って

 

「いいじゃん。良かったよ」

 

と言って、さぁ風呂入れ~とかなんとか行って去っていきました。

 

私たちは・・・褒められると思ってなかったから嬉しくて嬉しくて。
おぉぉぉ~!O先生褒めてくれたよ~!とホクホクしたのを覚えています。

 

思えば先生の笑顔を見たのはその時と、この前の同窓会だけかもな。
普段の話は長いけどホントに大事なことは短くいう先生でした。

 

せっかく大人になったんだからこれから飲みに行ったりしたいです。
O先生、大好きだー!!!

 

綺麗に並んだ言葉と写真に意味はないと思うのよ

こんにちは、やのひろです。

 

今やってる事の一つにWEBメディアの編集があります。

とはいっても編集をちゃんとやったことはないから、これが編集なのかどうかはわかりません。

仲間が書いてくれる記事を読んで「ここは直してね」とお願いして媒体の記事レベルがあがるようにする、ということです。

 

そこで感じるのは

「みんな自分のこと書くの怖いんだね?」ということです。

 

メディアと言ってもほとんどブログのような媒体なので

別に学術書みたいに正しいことを正確に並べる必要はありません。

他人から見て違うと思われても自分の意見を温度込めて言えばいいのに、

っていうかそういう言い方をしないと誰にも伝わらない単なる文字なのに、

みんな広告から文字を切って貼ったようなキレーイな文字を並べてきます。

 

写真もそうです。フリー素材を使っています。

フリーの写真は綺麗だけど何の温度もこもってません。

ぱたくそなどの写真が面白いのはそこに感情的な文字を載せるからです。

振れ幅のある文字を載せられるから面白いのであって

あの作られた写真に「部屋を綺麗にしましょう」とか当たり前のこと書いても白々しいだけです。

 

切り取ったような文字に作られた写真を合わせた記事が人に届くでしょうか?

逆にそんな記事が心に届いた経験ある?と彼らに聞きたい。

今度聞いてみよう・・・。

私はありません。面白いと思う記事はいつも書き手の個性があります。

書き手が自分を守るために整えまくった文字なんかちっとも面白くないです。

 

というか意識してキレイにしてればまだいいのですけど

もしかしたら「自分の感じたことを言葉にする」ことが苦手、

ひょっとしたら「何感じたか分かってないのかな?」とも思ってます。

 

例えばお店の紹介をしたいとする。

○○通りにあります、中はこんな感じです、おすすめは××だそうです、

美味しかったです、ぜひ行ってみてくださいね。

こんな記事が来るんですね。

 

それしか無かったらわざわざ紹介する意味ないじゃん。

食べログにもそんな風に書かれたテキストなんか山ほどあるじゃん。

君は何が美味しかったのか、どうしてこの店を紹介しようと思ったのか、

そこのところを教えてよ、というと(ホントはもうちょっとやんわり言う)

「ネットで人気のお店だったし・・・お店の人がこれ美味しいって言ってたし」

という返事がくるのです。

 

おーーい!書き手の君はどこいった!

なぜ書いてるんだ。伝えたいことがあるんじゃないのか。

伝えたくて書くんじゃないのか。

君にしか書けない君の感想にこそ価値があるのに

書けないどころか感じてないのかい!?

 

・・・と思うけども今のところはそうじゃないと信じて

「感想は人それぞれなんだから他人から違うと言われても大丈夫なんだよ。

 心配しないで自分が感じたことを素直に書いてごらん」と言ってます。

頑張れ・・・感じた自分を封印する癖をつけるな・・・。

今ならまだ間に合うと信じるんだ・・・。

 

これは学校でも感じます。

学校に行って子供たちと一緒にあれこれ考える機会もあるんですけど、

課題をみんなで考えて最後にそこで「誰か発表してくれますか~?」っていうと

素晴らしい答えがたくさん返ってくるんですね。

 

でも授業が終わってワークシートを回収すると

発表しなかった子のシートは個性的で面白いんです。

あれっ、どうしてこれ発表しなかったのかな?と思う。

 

もしかして・・・彼らは「教室向きの答え」を分かってるのかな。

自分の答えは教室向きじゃないから発表したら変に思われる、

だから言わないっていう判断をしたのかな・・・

そう感じることが時々あってゾゾゾとします。

 

これがもし繋がっているとしたら・・・

つまり、教室で感じる「これは言わないでおこう」が基本にあって

大人になってキレイな事しか言わない、むしろもう感じないようになってるとしたら

これは本当に本当に恐ろしいことだと思います。

私たちは感じるからこそ人間なのにそれを封印する訓練をしてるのか・・・?

 

感じることに罪悪感をもたなくていい。

感じたことを表現するのに後ろめたく思わなくていい。

ただし配慮しなくていいわけじゃない。

受け取られやすいような工夫は必要だけどそんなに難しいことじゃない。

思ったことを無かったことにするんじゃなくて

上手く伝えられる方法を一緒に考えようよ。

賛否両論はあってあたり前、批判も受け止めたらいいのだから

萎縮して綺麗にまとめすぎなくていいよ・・・。

 

そんなことをいま気にしながらやってます。

先は長く闇は深いのかもしれないけど、出来ることから一歩ずつ。

心と言葉は大事にしていきたい。

 

 

それではまた。

映画 スポットライト ネタバレ 感想

こんにちは、やのひろです。

今年のアカデミー賞作品賞「スポットライト」見てきました。

 

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アカデミー賞の授賞式は生放送で見てました。

「今年の授賞式は映画作りに沿って行います。まず脚本賞」

でスポットライトが脚本賞を受賞し、

その後はマッドマックスV8達成か?に盛り上がって

レオ様の主演男優賞受賞に感激して、

最後の作品賞で「レヴェナントかなぁ。まさかマッドマックス!?」

と思ってたら脚本賞をとったスポットライトがとる、という結末。

 

まさに脚本に始まり作品に終わる

映画の核を見せてもらった気がしました。

「この記事を世に出す」という執念

教会のスキャンダルを新聞が記事にする話、とは知ってましたから

もっと勧善懲悪っぽい雰囲気なのかと思ったら違いました。

 

前代未聞である社会の闇に立ち向かう動機が「それだけ」なんですね。

「俺たちの正義を証明しよう」とか「教会に罰を!」とか

「この特大スクープで売り上げを倍増させよう」とか無いんです。

 

最後の方に他社に出し抜かれないよう苦慮する場面がありましたが

それも売り上げのためというよりは自分たちが追ってきたものを

人に取られてこの重大さを損ないたくない、というように見えました。

 

記者たちは仕事をしすぎて家庭が崩壊しかかっています。

古い友達にあたって協力を頼み、険悪な空気にもなります。

それでも「この方向で記事にするんだ」という1点だけで動き続ける。

この純粋さにグッときました。

 

いま私たちの周りにあるジャーナリズムはどうなのでしょうね。

内容の裏に会社の思惑が透けて見えるものが多いように感じます。私は。

 

日本のジャーナリズムにはない(らしい)企画力

以前デジタルジャーナリズムフォーラムというイベントに参加した時、

米で日米のメディアを研究されている菅谷明子さんの話で

 

「日本のメディアには企画力がない。

 決まったところに押しかけて他社より早く世に出すだけ。

 もっと企画から考える発想が必要」

 

とおっしゃっているのを聞きました。

私はジャーナリストではありませんから「そうなのか~」と

他所の話としてしか受け止められませんでしたが

この映画を見て「こういう事かもしれない」と思いました。

 

スポットライトチームが教会での児童虐待を取材しだした時

世の中としてはこのことはまだ大きく報道されてませんでした。

 

それでも新しい編集長がこのことに目をつけて

記者の独自性を大事にするスポットライトチームが取材を続けて

警察や司法も目を瞑っていた(瞑らされていた)事実を白日の下にさらす。

 

これを取材しよう、この方向でまとめよう、と決めて

それに必要な情報を集めて練り上げる、

ゼロからイチを作る力がある、ということ。

あの時菅谷さんがおっしゃっていた企画力はこれかもしれません。

 

自分の身に引き寄せて考える大切さ

またまた私の体験からの話で恐縮ですが・・・

この前SEALDsの方が登壇する会に参加しました。

その時彼らが言ってたのが「事柄を身近にすることを大事にしてる」

ということでした。

遠い話だと思うといつまでも大切さが分からないから

これは自分のことだと感じたり、感じてもらうことを大事にしてると。

 

映画の中にもこんなシーンがありました。

チームのリーダーが自分の高校の同級生達に会いに行って

神父からの児童虐待について知っていたら教えてほしいって話すんです。

 

彼らのうちの1人は最初あまり本気にしなくて話にならないんですね。

そこでリーダーが言う

 

「お前は何部だった?俺は陸上部だ。

 被害者はホッケー部だ。なぜ彼が被害に遭ったか?

 神父がホッケー部の顧問だったからだ。

 ラッキーだっただけだ。俺もお前も」

 

リーダーは自分の母校にも被害者が居ることを知ってぐっと身近に感じ

その事をまた人に伝えていく。

 

こうやって当事者意識のある人たちを巻き込んだ結果が

世紀のスクープを生み出したのだろうと思いました。

 

ニュースは「スポットライト」

メディアリテラシーのことを知る入門書に

元TBSアナウンサーの下村健一さんが書かれた本があります。

この本は本当に読みやすいので大人にも子供にもおススメ。

・・・ってそれはともかく。

 

その中でも「スポットライト」という言葉が使われています。

 

「ニュースはスポットライト。

 ある特別な現象にライトを当てている」

 

本の目的はメディアリテラシーなので、本の中ではこの後

「だからライトの外側も意識しないと間違った認識をするかもよ」

と続くのですが、私はスポットライトと聞いて最初にこれを思い出しました。

 

映画の中のスポットライトチームは、

編集権が記者にある特殊なチームだと紹介されました。

いま何にライトを当てたいのか記者が決められるチーム。

ニュースを生み出すチームの名前がスポットライトだなんて

なんてピッタリなんだ!まさに報道!!

 

彼らの姿勢とチームの名前があまりに一致していてゾクゾクしました。

最後のセリフもこれにかかってるんでホントに鳥肌立ちました。

こうやって生まれたニュースに触れていたい・・・。

 

最後にいろいろ。WEBとかキャストとか

私はWEBの人なのでジャーナリズムの話題に触れると

どうしてもWEBの課題と比較して考えてしまいます。

 

今回もそうで、まず思ったのは「この取材はWEBには無理」でした。

理由は長くなるなって記事に合わないので割愛しますが

あれはやっぱり新聞だからこそなせる業です。今のところは。

今後は紙媒体の人がWEBに進出してああいう取材がWEBでも出来るかも。

 

取材は得意だけど発信が苦手な既存メディアの良質な記事は

取材は下手だけど発信が得意なWEBメディアに押されてしまいます。

あくまで現状、WEBでの話でね。

 

そうなるとやっぱり情報をキャッチする人の力が必要で

「もっとこういう報道が欲しい」っていう声で

いい報道を後押しするようになりたいなと思いました。

 

報道が社会問題を世の中に出して、映画がそれを世界に広める・・・

良い相乗効果ですね。

今年のアカデミーは本当に価値ある映画を選んだんじゃないかと思いました。

(去年のバードマンも良かったけど、ちょっと内輪受けっぽく感じた)

 

そして最後にキャスト!

 

私、レイチェルマクアダムス好きなんです~~♡

助演女優賞ノミネートおめでとう!

これまでラブコメで感情豊かなお芝居を見ることが多かったけど

今回の社会派で落ち着いたお芝居もすごく良かったです。

これからも彼女の大人な演技が見たい・・・!

 

そしてマークラファロ。

あなた「はじまりのうた」で落ちぶれた音楽プロデューサーだったね。。

まるで別人でほんとにビックリしました。俳優さんってすごい。。

あの時は荒んだ中年だったのに今回は少年みたいにキラキラしてて。

20年くらい若く見えました。凄い。好き。これからも見たい。

 

最後にマイケルキートン。バードマン!!

あっちもかなり病んだおじさんだったのが今回は凄腕記者。

もうほんとに俳優さんってすごい!!!別人。

この人を見るためだけにもう一度映画館に行きたいくらいいいお芝居でした。

 

ここ数年アカデミー賞の作品賞は見てますが

今回のスポットライトはダントツに好きでした!!!

公開から日が経ってるのに上映回数が減ってきてて

私が見た回は満席でしたよ~。

もしまだ見てない方はお早めに!!

 

それではまた。