やのひろです

気になるあれこれ

初めてミンネで物が売れました

今年に入ってから高校時代の友達とサークル作って
ミンネで作ったものを売るようになりました。

 

とは言っても、もとは単なるハンドメイド好き。
趣味で作るものが誰かに喜ばれたらいいよね、というスタートなので
これでガンガン儲けよう!という姿勢ではありません。

 

いつか誰かに買われたらいいな、という淡い期待で始めて半年ほど。
先日ついに初めて売れたんです!!!!

 

売れたのは私が作ったブックカバー
日暮里で買ったポップな端切れを文庫サイズに仕立てたものでした。500円。

 

実際本当に売れてみるとビックリ。
売れるといいなと思いつつ、まさか本当に売れると思ってなかったらしく
「え!?売れたの??マジで???」というのが正直な感想でした。
私が作ったものが、人さまのお財布に影響することがあるなんて…。

 

これだけでもビックリだったのに素敵なレビューが付いてさらにビックリ。

 

「写真で見たよりも素敵でした!大切に使います!」みたいな。

 

ちょっと…嬉しすぎて言葉が出ませんでした。

 

当たり前ですけど、私は作ってる時から実物を前にしてるので
”写真より素敵”ということは起きてないんですね。
それが…遠く離れた人にそんな風に感じてもらえるなんて…。

 

ECサイトの管理者として物を売ってたときには
商品が売れて嬉しいと思ったことなんかなかったのに
たった1件、たった500円の売り上げがたったのがめちゃくちゃ嬉しかったです。
数年間のEC経験より、この1件のほうがよっぽど「売った」と感じました。

 

この感じはクセになりそうです(笑)気持ちいい。
欲張りすぎるのは怖いけど、あともう何回か、この感じを味わいたいなぁ。

子どもとプログラミング教育のちょうどいい関係を考える

これからの子供はプログラミング教育とどう関わるのがいいか。

これはここ最近考えているテーマです。
 

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できればこんな風にパソコンで達成感を得てほしいですが
私が関わっている教育サービスでは相変わらず
「インターネットは怖いのよ~」という話をし続けています。なんだかな。
そんな教育がどこに向かってるのか、日々一人で考察してるのです。

 
経済界が教育に期待していること
文科省が学校にやらせたいこと
学校が実際にできること
 
この3つはそれぞれ違います。
そしてそのいずれもが
 
本当に子どもに必要なこと
 
とリンクしているのか、していないのか
かなり怪しいと感じています。
 
この課題をどうとらえて判断するかずっと迷っていたのですが
今朝夫に相談したらいつものようにあっという間に解決しました(笑)
 
 
曰く、
 
 
プログラミングはツールなので
ツールが使いこなせるようになる前に動機が要る。
何かをしたい、解決したい、というのが先にあって
後からプログラミングが必要になるはず。
 
そして大人になってからでも習得できるんだから
まずは動機を一緒に見つけて、その時にプログラミングを勧めればいい。
 
 
あぁ。そうだよな。
これはいつもわが家で話してる方針と一致する。
そうか、プログラミングもそう考えれば解決か…。
 
というわけでわが家では、
息子のやりたい気持ちを育てることを優先して
その解決法がプログラミングだったときに親がすすめよう
ということに落ち着きました。
 
 
 
…ってことは
 
 
私がもっとプログラミングに詳しくなってないとまずいよね(汗)
※夫はSEなので代替の仕組みはわかっている
 そしてわたしの方が息子と関わる時間が長い
 
私が息子君に「じゃぁ、それプログラミング使って挑戦してみよっか」
と言えるスキルと発想を持ってないと、出来ないじゃないかと(^^;
 
 
子どもとプログラミングの関係を考えていたら
私とプログラミングの関係に行きつきました…。
そうだよな~、結局やっぱり、そうだよな~~~
 
大人向けのプログラミング体験に行ってみるとこから始めようかな…。

舞台 エビータ来日公演 感想(2018年シアタオーブ)

こんにちは、やのひろです。

今日は東急シアターオーブで見てきたエビータ来日公演の感想をまとめます。

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エビータはもともと劇団四季で見てました。10年くらい前かな。
作品とお芝居のテンションにギャップがあるように感じて
これはいつか英語で見ないと本当には分からないなと思ってました。

かつての記憶だけでは頼りなかったので映画版も見て大体の歌詞を翻訳して準備しました。
これでお芝居とダンスに集中!

 

若さと勢いで突っ切る大人気ミュージカル

言わずと知れたミュージカル界の巨匠、アンドリュー・ロイド・ウェーバー (ALW)の初期作品。
いろいろエピソードがありますがWikiみればだいたい分かるので割愛します。

RENTの歌詞でギャグに使われちゃうほど人気だった (※)エビータの魅力は
なんといっても勢いだろう!と私は思います。

まずALWの曲が、変!(褒めてます)

同じくALWの初期作品、ジーザス・クライスト・スーパースターと並ぶ変さ。
なんというか…ミュージカルっぽくなく他の作曲家とも全く違い、
要するにとてもALWっぽい。でもキャッチ-なんですよね。
よくそんな拍や音階作ったなぁと感嘆します。

私としてはオペラ座の怪人くらい流れの見える曲が好きなので
この時期の奇想天外な曲たちは落ち着かないけど、とても刺激的です。

 

そしてストーリーが複雑。
最初に見た時も映画を見た時も混乱しました。
結局エビータは何者なのか提示されない、特にここが難しかったです。

ということで今回の観劇に向けてこの2点をポイントにしました。

・チェは何者か。なぜ執拗にエビータに絡むのか。
・エビータは自分の欲を満たしたいのか、国に貢献したいのか

(※ RENTの中のギャグ)
エンジェルが歌うToday 4 Uに「アキタ!エビータ!(=秋田犬のエビータ)」という歌詞があって
これは当時セレブに人気だった秋田犬と、同じく当時NYで人気だった英国ミュージカルのエビータをかけてあって
金持ちの買う犬、しかも名前はエビータ。鼻持ちならないな!という意味だそうです(笑)
これ何で読んだんだったかなぁ。パンフレットかな。出典元なくてすみません。

 

エビータは悪女か、聖女か

実際のエビータがどんな人物か、アルゼンチンがどんな国なのか知りませんので
あくまでも作品の中のエビータ像だけで解釈しました。
根拠は後にして先に私の結論を並べますね。

 

エビータは自分の力で人生を切り開いたパワフルな人。
人によって悪女や聖女に見えるだけで、その正体は大変に実直な一人の女性。

 

あれだけコロコロ変わっておいて実直ってどこが、と思われるかもしれません。
私も舞台を見るまでは「この人どっちなん?」と思ってました。
でも舞台をみて「あぁ、この人の中ではどっちも繋がってるんだな」と思ったのです。

私がとらえたエビータ像を紹介します。
こんな解釈、こんなエビータはどうですか?

 

出自がコンプレックス、労働者と一体化することで自己承認したかった

余裕しゃくしゃくのエビータが最初に感情をあらわにするのは中流階級の話ですね。
あんな人たち!父の葬儀で私を邪魔者扱いした!と。
この子供のころの原体験が彼女を動かしていたのだろうと推測しました。

自分は良い生まれではない。父の親族にまで疎まれた。
社会的に拒否されている、そんなのは嫌だ。

いわゆる承認欲求が強い状態です。
そこに彼女の持つエネルギーが加わり人生を突き進んでいきます。

 

15歳で都会に出てきて、何とかキッカケを掴もうと男をとっかえひっかえしてたころは
「自分の人生を何とかしたい」という想いが強かったかもしれません。
後にDon't Cry for Me Argentinaの中でもこう言っています。( 私の意訳です)

 

I had to let it happen, I had to change
Couldn't stay all my life down at heel
Looking out of the window, staying out of the sun
So I chose freedom, running around trying everything new
(起こすしかなかった、変わるしかなかったの。
 運命に従うなんてできなかった。
 窓の外をみて、太陽の光を待ってるだけだなんて。
 だから自由を選んだわ。どんどん試していったの。)

でもこの歌の続きはこうなんですね。

But nothing impressed me at all
(でも全てむなしかったわ)

そう、途中でむなしいことに気づくんです。どこか?
ラジオで国民の代表として演説するようになるころです。
ここで初めてエビータは”皆さん”に語り掛ける力を知ります。

 

心理学にナルシシズムというものがあります。
壊れそうな自分を守るための心の防衛機能の一つです。

ナルシシストは自己愛備給、すなわち注目されることを求める。
それによって傷つきやすい自尊心を制御するのである。

 社会からの拒絶感を強く持ったエビータは人から愛されることで自分を守ろうとした、
さらには、自分も属する労働者階級が社会の中で尊重されることで
自分は社会的に価値のある存在だと認めさせたくなった、という事ではないでしょうか。
自分を邪魔者扱いした中流を見返すだけなんて手緩い、
軍部も上流階級も、ヨーロッパにも認めさせてみせる。
わたしは、私を含むアルゼンチンの労働者階級は、価値があるのだ!と。

 

話が大きいので想像しにくいかもしれませんが身の回りにもよくある話です。
会社のために!とか言いながら新人をネチネチいたぶって偉そうにしてる人とかいませんか。
あれは自分に自信がないから組織の役に立ってるフリして実は承認欲求をみたしてるだけです。
特に日本人は集団と一体化することで満足を感じる人が多いらしく、この本に詳しいです。

 

話がややそれましたが。
そんなわけで彼女にとって「自分が愛されたい」と「労働者階級を救いたい」はイコールなんじゃないかと思うんです。
労働者を満たすことで自分も満たされる。

そう思うと、あの名曲、再びDon't Cry for Me Argentinaからの流れも納得できる。

But all you have to do is look at me to know
That every word is true
(でも私の姿を見れば分かるはずです。すべて真実だと)

彼女の中の真実として、アルゼンチンの労働者を見捨てたことなどないのです。
自分を見捨てたことがないのと同じように。

で、舌の根の乾かぬ内にこのセリフ。

Just listen to that! The voice of Argentina!
We are adored! We are loved!
(聞いたでしょ!アルゼンチンの声!私たちは崇められてる、愛されてるの!)

えっ、あの感動の歌はウソじゃんか…と思いがちですが違います。
もともと愛されるために国民を救いたいと願ってる人なのです。
労働者の価値を高めたい、国民の役に立ちたい、そしてあなた達が満たされれば
私に価値があることを実感できる(ような気がする)!ということです。

チェは何者か、エビータは誰に愛されたかったのか

さて、ちょっと視点を変えてチェです。

彼はずっと出てきてはエビータに批判的なことを言います。
しかしどの階級にも属していない。あえて言えば労働者なのでしょうが
場面に合わせていろいろな立場になってでてくる。いつも一人。

これを「だってチェは狂言回しだから」と言えば簡単ですが
私はこう解釈しました。
チェは、エビータの中の理性なのではないか。

 

二人は同じ場面にいてもほとんど対話をしません。
どこかパラレルな関係にあるようです。
その中で1か所だけ二人が向き合って関わるシーンがありますね。
A Waltz for Eva and Cheです。もうタイトルからして。

この中でエビータがチェに語り掛けるこの部分が印象的でした。

Just what you expect me to do(略)
If I said I'd take on
The world's greatest problems
From war to pollution?
No hope of solution
Even if I lived for one hundred years
(私にどうしてほしいのよ
 国際問題や戦争にかかわってもしょうがないじゃない
 何の解決策もないわ。たとえ100年生きたって!)

 

上流階級や軍部から彼女の立場への批判は作品のあちこちにでてきます。
成り上がりめとか、ビッチのくせにとか。
でもここで初めて労働者階級っぽいチェと彼女の行動についてやりあうんですね。
自分の事をしてるだけじゃないか、それの何が悪いのよ、と。

先ほど私が書いたように、エビータは自己愛のために活動してるとして、
時が経つにつれ自分でも気づいてきたのではないかと思うんです。
これは、私が愛に飢えてるからやっているのではないかと。
決して社会のためだけにやっているのではないと。

そしてYou Must Love Meです。
この曲は映画を経て追加されたそうで初演時にはなかったそうですが
今回も追加されていたことで必要なナンバーだったとして解釈します。

Youって誰なんでしょうね。
ペロンともとれるし、民衆ともとれるし。お父さんかもしれない。
でも私は、きっとエビータ自身なんじゃないかと思いました。
承認欲求は、結局のところ自分でしか満たせないからです。

もしペロンが愛情深い人だったら、エビータが出会ったたくさんの人の中に
心から彼女を愛してくれる人がいたら、また違ったのかもしれません。
またはもっと早く、この穴は自分で埋めたほうがいいと気づいていたら。

しかしその機会はなく
彼女の心はどんどん大きな愛を求めるようになりついに満たせなくなってしまった。
国民を救うことは、自分を愛することにはつながらなかった。
自分が自分を愛すればいいことに気づいてしまった。
そんな切ないシーンなんじゃないかなと思いました。

ミストレスとは違う、自分の力で生きた女性

途中でペロンの愛人であるミストレスちゃんが出てきますね。
エビータが「学校にお帰り!」と追い出し「これからどうしたら?」と泣く彼女。

エビータも一歩間違えば彼女のようになっていたと思うんです。
実際、映画ではあのナンバーをエビータも最初のほうで歌います。

でも彼女はこんな人でした。High Flying Adoredから。

Filled a gap, I was lucky
But one thing I'll say for me
Noone else can fill it like I can
(たまたま幸運をつかんだだけ。
 でも一つだけ言わせてちょうだい。
 私だからそれができたのよ)

確かにそうです。ミストレスにはできなかった。
愛されたいという原始的な欲求を、あの困難な状況で叶えようとした
素晴らしい女傑だったと私は思います。
たいていの人は愛されたくてもあそこまでできないよねぇ。

じゃぁなんであんなにも批判的なのか!?

同じように人生を切り開くミュージカルのヒロインと言えば
私はWICKEDのエルファバを思い出します。あとはFROZENのエルサ。

二人とも両親から愛されず自分に自信がないまま育ちますが
実は特別な力があることに気づいてから自らの道を歩みだします。
今はそういう女性が称賛される時代です。

もしエビータがこの時代に作られたら。
ぜーんぜん違う見え方のお話になったんじゃないの?とも思います。
誰かそんな新解釈エビータを作ってくれたら、喜んで見に行くなぁ~。

本 早起きリズムで脳を育てる

こんにちは、やのひろです。

今日読んだ本はこちら。

 

 

幼児教室に行くと必ず出てくる脳の話。

でもねー、これがどうも納得できないんです。

だから一度ちゃんと研究してる人の話を知ろうと思って読みました。

 

 

結果「あ、やっぱり?」ということばっかり。

幼児教室の言うことはやはり都合がよかった。

 

本が勧めてるのはとにかくちゃんと寝ること。

人間は昼行性だ、太陽が昇ったら起きて、日が沈んだら寝るんだ、と。

子育ての根性見せ所は寝る時間を守ることです!と。

この一言はかなり助けになりました。はい、そこに根性出します。

 

幼児教室行くと必ず出てくるのが右脳とシナプス

右脳を活性化させましょう、5歳までにシナプス繋げましょうって。

ただどうもこれの根拠が曖昧で、誰に聞いてもどうしても納得できなくて。

 

本には右脳の話は出てきませんがシナプスの話は出てきます。

それを大事にするためにも、ポイントはやはり生活リズムということで

あーその辺をすっとばして賢そうなとこだけ抜いて話されてたんだなと理解しました。

 

だってさ。フラッシュカードやると子供がぽかんとするんだもん。

 

フラッシュカードとは幼児教室で必ず出てくる絵が描いてあるカードで

これをすごい速さで繰り出しながら「くるま 自転車 新幹線 機関車・・・」

とか読み上げていくんです。大人もぽかんです。

でも「子供の脳は凄いから理解できてるんですよ」っていうんです。

そんな証拠どこにあるんじゃいと思いながらハァと曖昧に終わらせます、毎回。

 

で、それをやると子供がぽかんとしてるんです。特に反応はない。

いやぽかんとしてるならまだいい。

要らん刺激なのに避けられなくて受け止めてたら怖いなと思ってました。

本を読んで、やっぱ無理にフラッシュする必要はないかもなと判断できた。

それよりちゃんと寝て、ちゃんと食べよう…。

 

子供の脳みそ、どうしたらいい??とお考えの方には参考になると思います。

私はKばーちゃんやSじーちゃんの本より納得できました。

たぶん私も夫も、子供にあれこれ教えて賢くすることより

子供が自分で必要なものを取りに行く力を重視してるから、かな。

 

舞台 ファンホーム 日本版感想

銀座で上演されていたファンホームを観てきました。

 

ファンホームと言えば!
私にとってはトニー賞授賞式でのパフォーマンスです。

何度見てもすばらしいー!!!
”彼女”を見つけたときの怪訝な顔、共感、とまどい、喜び。
少女アリソンが彼女に人生にとって大切なピースを見つけた、
雷に打たれたような衝撃を感じることができます。
見てると私までドキドキしちゃう。

 

日本版ですンばらしかったのは・・・

お父さん役の吉原光夫さん!

 

最後にお父さんの独白ソロナンバーがあるのですが、

なんという迫力・・・。気迫。。

 

こんな簡潔な言葉ですみません。
実はこの歌の間ずっとこう考えてたんです。
「この人…夢から醒めた夢でヤクザさん役やってた人だよね!?」

 

この俳優さんが吉原さんかどうかは分かりませんが、役はこれです。

 

なんでや!
なんでこんな素敵な俳優さんがヤクザさんやったんや!
いやヤクザさんも夢醒めも好きだったけれども。
他にもいろいろあるやろがー!
(ガストンもされてたんですね。それ見てたら違った印象だったのかな)

 

という自分の中のギャップと、舞台上の吉原さんのパワーに圧倒され
頭も心もまっさらにしてすンばらしい歌を浴びてました。
凄い時間をありがとうございました・・・。

 

あと「この人は一体!?」と思ったのは
若い男性役だった山口耕平さん。
お芝居もダンスも上手い!!初めて拝見しましたが、好きだ!
お父さんと密室で過ごすシーンは緊張感と色っぽさで最高。

複雑な物語だったので日本語で見れてよかったのですが
できれば海外の方が演じるものを英語でみたい。
やっぱり現地の空気がないとこういうのは理解しきれないから。
いつかそんな機会に恵まれるといいな。。

本 公教育をイチから考えよう リヒテルズ直子×苫野一徳

モンテッソーリから始まった教育への興味が
イエナプラン、オルタナティブ教育と広がっていくうちに読みました。 

 

本書はリヒテルズさんと苫野さんの章が交互になっていて
お互いの章に関連しながら進んでいきます。

 

読むほどに日本の公教育にウンザリ&ガッカリしてしまい
「この先どーしよ」と「だからこそ何とかしたい」が
交互に押し寄せてきました。絶望と熱望の間。

 

印象的だったのはリヒテルズさんの書かれた第3章の5番。
「グローバル時代の教育ヴィジョン」です。
画一一斉教育は18世紀半ばの産業革命以降に欧米で始まったとし、

その結果として何が起きたでしょうか。工場であれ、サービス産業であれ、労働者として社会に送り出される人々は、自分の意志で行動し、自分の頭で考えることをやめるように学校の中で訓練されるようになってしまったのです(P142)

 うん・・・ですよね。。

 

この辺の話読んででこの本を思い出しました。 

できるだけ考えない人を育てつつ、エリートを選抜することで
一部の人がよく分からないうちに国の仕組みを動かしている、と。
人間の幸福を全部なげうって経済拡大に邁進するなんていう国策、
他の国では実現しないぜ、という話でした。

 

教育に限らずいろんな問題を考えていくと
「日本には”個人”という感覚が育ってないから無理」
というところによく行きつきます。
ではそれはどうやって解決するの?というとやはり教育でして、
ここで堂々巡りが始まってしまうのです。詰んだー。

 

日本的文化と欧米発想をハイブリッドする・・・
そういうこと&人がこれから必要なのででしょうけど
今現在そういうのが世の中に少ないのに(あるとこにはあると思うが)
育成して増やしていくなんてできるんですかね。
私は公的には出来ないだろうなと思ってるわけですけども。

 

だかこそこんな変革が必要ですよ、というのを
オランダの事例を交えて展開されているのですが
日本でオランダのような教育を受ける日は、、来るんかな。
来ないかもな。少なくともうちの赤子の時代は無理だろうな。

 

日本の教育の問題点が整理されていてとても参考になる本でした。
さて・・・じゃぁ私はどう選択していこうか。

映画 はじめてのおもてなし 感想

こんにちは、やのひろです。

時間をやりくりして久々に映画を観てきました!

難民映画祭の時から気になっていた「はじめてのおもてなし

以下、結末に触れながら感想綴ります。

 

とても面白かったけど・・・ちょっと違和感のある話でした。
たぶん日本で同じことをしたらこうはならないだろうなと。

 

ハートマン一家にはいろいろと問題があって
人助けをしているようで実は自分たちが助けられてるんですよね。

 

繰り返し言われたのは「ドイツではそういうことになってる」ということ。
同性愛がOKだとか、妻は夫の所有物ではないとか。
そうなんだろうけど・・・なんか話してる姿勢に
「君の国は遅れていて私たちのドイツは進んでいる」というのがあるように感じて
ちらちらと納得できない感が顔をのぞかせながら見ていました。

 

難民を受け入れるってそういうことなのかな。
日本にはそういう状況があまりに身近にないのでわからないけど。
私たちの国に違う文化の人を入れる、となるとそういう姿勢になるのかしら。

 

もし私の家でディアロを迎え入れることになるなら
まずは彼の話をよく聞きたいなと思います。
どんな国なのか、どんな文化なのか。辛い思い出は無理して話さなくていいけど。
そのうえで彼が喜びそうなことは何なのか考えておもてなししそうだなと。
日本食が好きなのか分からないのに日本食を用意してドウゾ!とは言いません。

 

ドイツ文化も難民問題もわからない傍観者の感想かもしれませんが
ハートマン一家の姿勢と、それでいて助けられていく展開を
不思議な気持ちでみていました。

 

ただ、コメディとしてとーーーっても面白かったので
難民問題がすぐそこにある社会を知る第一歩としては見て良かったです!
そして久々に映画をみて笑うという体験が気持ちよかった!

 

私が気に入ったのはお兄さんが空港で騒動を起こすシーン。
必死であればあるほどピンチに足を突っ込んでしまうお兄さん!あぁぁ!笑
大勢の職員に抱えられて駄々っ子のように運ばれていく姿が忘れられません^^;

 

お父さんとお兄さんはドイツ人男性の象徴なのかな。
どちらも仕事一徹で家族との関りが薄い、
でもお兄さんは最後家族の元に帰っていく・・・
そんな風に社会が変化してるのかな、とも感じました。