やのひろです

気になるあれこれ

映画 はじめてのおもてなし 感想

こんにちは、やのひろです。

時間をやりくりして久々に映画を観てきました!

難民映画祭の時から気になっていた「はじめてのおもてなし

以下、結末に触れながら感想綴ります。

 

とても面白かったけど・・・ちょっと違和感のある話でした。
たぶん日本で同じことをしたらこうはならないだろうなと。

 

ハートマン一家にはいろいろと問題があって
人助けをしているようで実は自分たちが助けられてるんですよね。

 

繰り返し言われたのは「ドイツではそういうことになってる」ということ。
同性愛がOKだとか、妻は夫の所有物ではないとか。
そうなんだろうけど・・・なんか話してる姿勢に
「君の国は遅れていて私たちのドイツは進んでいる」というのがあるように感じて
ちらちらと納得できない感が顔をのぞかせながら見ていました。

 

難民を受け入れるってそういうことなのかな。
日本にはそういう状況があまりに身近にないのでわからないけど。
私たちの国に違う文化の人を入れる、となるとそういう姿勢になるのかしら。

 

もし私の家でディアロを迎え入れることになるなら
まずは彼の話をよく聞きたいなと思います。
どんな国なのか、どんな文化なのか。辛い思い出は無理して話さなくていいけど。
そのうえで彼が喜びそうなことは何なのか考えておもてなししそうだなと。
日本食が好きなのか分からないのに日本食を用意してドウゾ!とは言いません。

 

ドイツ文化も難民問題もわからない傍観者の感想かもしれませんが
ハートマン一家の姿勢と、それでいて助けられていく展開を
不思議な気持ちでみていました。

 

ただ、コメディとしてとーーーっても面白かったので
難民問題がすぐそこにある社会を知る第一歩としては見て良かったです!
そして久々に映画をみて笑うという体験が気持ちよかった!

 

私が気に入ったのはお兄さんが空港で騒動を起こすシーン。
必死であればあるほどピンチに足を突っ込んでしまうお兄さん!あぁぁ!笑
大勢の職員に抱えられて駄々っ子のように運ばれていく姿が忘れられません^^;

 

お父さんとお兄さんはドイツ人男性の象徴なのかな。
どちらも仕事一徹で家族との関りが薄い、
でもお兄さんは最後家族の元に帰っていく・・・
そんな風に社会が変化してるのかな、とも感じました。

TERROR テロ 紀伊国屋サザンシアター 感想

こんにちは、やのひろです。

とても久しぶりにストレートプレイを観てきました。
観客の投票で結末がかわる、というTERROR(テロ)です。

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あらすじなどはこちらの公式サイトをご覧ください

このお芝居を見てどう考えたか。
私と、一緒に見に行った法学部卒の夫の意見を載せたいと思います。
皆さまはどうお考えになりますでしょうか??

 

やのひろの結論、有罪

あらすじを読んだ段階では無罪のつもりで見に行ったんですよ。
ところが見ているうちに揺れが・・・そのポイントは2つでした。

 

・連邦裁判所(=最高裁判所)でこの判断は否定されている。憲法上許されない。

法治国家である以上、法を超えた判断基準はないはず

 

うん・・・
この憲法意識、安保法制で喧々諤々だった時に私がたどり着いた答えだったので。。
これは確かにそうだよなぁと思って有罪にしました。

 

ここで無罪とすると、法の判断を超えて軍が国民を殺めることを肯定してしまう。
どんな事があっても国が国民の命を奪える仕組みは嫌だな、と思い決めました。
私が、そんな社会には居たくないなと。
(これでいくと死刑もそうですね。この点についても最近考えが揺れています)

 

あと、途中ででてきたスタジアムの退避命令を出さなかったというところ。
あれでいくと軍は旅客機の追撃をしたかったことが透けて見えましたね。
ラース・コッホはそんな集団意識の犠牲者、とも捉えられます。
集団のために個人が犠牲になる、これを容認できたのは私の中の日本人的感覚かもしれません。

 

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※こちらが投票用紙。投票の際は緊張しました。。。

 

夫は一貫して無罪

対して夫はずっと無罪でした。
その根拠はこのようなものだそうです。

 

殺人罪については刑法の話なのに刑法の視点が出てこないから有罪にしようがない

・緊急避難の要件を満たしているので罰せられない

・という訳で日本の刑法で考えると無罪。

 

日本の法律ってドイツから来てるんだから似たようなものじゃないの、とも。
それはどうなのかお芝居を見ただけでは分かりませんけれども。。

 

ここまで聞いて私が「そういうのに対抗するための奥さん登場だったんだよ」
といったのですが、「あの奥さん全然意味なかったね」との返事でした。
・・・完全に法律目線でだけ判断してるようです。。
奥さんが可哀想だとかその気持ちわかるという心情はないようで。なんなの。。

 

そして最後にこうも言っていました。

「有罪にしたって事はこの先改めて問われても有罪って言えるんだよね?
 有罪だと絶対的な確信をもって決めたんだよね?疑わしきは罰せずだよ?」

うっ・・・
お、おう・・・有罪って言えるさ・・・ドギマギ(自信が揺らぐ音)

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※この日の判決は有罪でした。

東京公演の結果と海外公演の判決と、それから希望

そんな東京公演。
全16公演で有罪8、無罪8の五分五分となったそうです!わお!
↓ページ中ほど、本公演での判決結果より

 

そしてなんと2年前の日本での朗読劇では全公演が有罪、
欧米ではほとんどが無罪判決ということを思うと
今回の東京公演はかなり特殊ということになります。
意見、真っ二つ!

北京での5公演は有罪2、無罪2だったと”伝えられてる”そうですから(なぜか伝聞)
アジア圏では意見が割れる傾向にあるということなのかもしれません。

 

今回の東京公演が真っ二つだったことに、私は日本の希望を感じました。

 

有罪にした理由がもう一つあって、それは橋爪弁護士の言った
「これが有罪ならテロに対抗する術が無くなる」という趣旨の言葉でした。

 

え、そう?って反射的に思ったんです。
外交とか政治とか国連の働きかけとか、やれることは他にもあるでしょって。

 

たぶんこれはとても日本的な発想なのだと思います。
人によっては「お気楽」と呼ぶかもしれません。
でも私は、ここが日本の長所、世界に対してリーダーシップを発揮できる部分だと思います。

 

島国で他国と隣接していない、領土を取り合った経験がない、
中世から合議で国を治めて来た、などの経験から
他の国にはない発想をすることができる。
いま現在でどこかの国と敵対していない。
これはすごい強みです。

 

TERRORテロを見て、これはやはり有罪だと思った人が半分近くいる社会。
そこに生きる私たちはきっと他国にはできない貢献ができるはず。
そう感じた舞台でした。

 

よかったらぜひみなさんの意見も聞かせてください^^

 

あ、最後になっちゃったけど
あの難しい長セリフで演じきった俳優さんたちに心から拍手!ブラボー!
みなさんきっと本気で自分の方に有利な判決を出そうとされてましたよね。
神野検察官の全身で表された「転轍係です。転轍!係!」に気合を感じました。

 

難しいセリフもあったので原作本も読んでみます!

 

※ひっ・・・表紙怖い・・・

政治に関して勉強したおススメ本(学校が教えないほんとうの政治の話&人間を幸福にしない日本というシステム 感想)

衆議院選挙が近いですね。

 

白状すると私は政治に疎いです。

とはいえ親から「選挙は絶対いかなあかん」と言われてきたので

よくわからないまま投票には行ってます。

 

でも分からないまま投票してるのでいつも腑に落ちません。

 

なんか自民党はいけ好かない気がする。

だから民主党

↑これで長いことやってきましたが民主党無くなっちゃいました。

 

大人としてこれはいかんな、と思ってはいたものの

政治を学ぶ糸口もつかめないまま十数年。

いまは時間もあるので政治に対してちゃんとしようと思って

少し前からぽつぽつ勉強し始めました。

 

考えのもとになった本

 

本を読むことから入るのが好きなので

目についた政治関係の本を読んでいって気に入ったのがこちら。

 

学校が教えないほんとうの政治の話 (ちくまプリマー新書)

10代の若者をターゲットにしたシリーズのようでわかりやすい!

右翼ってなに?共産主義ってざっくりしか分からん・・・

というような基本的な謎がするする解けました。ありがたい!

 

そしてこの本で何より助かったのは

「日本の政治は政党政治なので、選挙の時は好きな党に入れればいい」

ということ。

そうなのね!候補者<党で判断していいのね!

は~、気持ちが楽になった。。

いつも候補者のポスターが並ぶころになると

「党のことは何となくイメージできるけど、この人知らんし。。」

と思ってきたもんで。

 

それと並行して読んだのがこちら。

 

いまだ人間を幸福にしない日本というシステム (角川ソフィア文庫)

 

凄いタイトルですよね・・・

そんなシステムで生きててごめんなさい、って感じです・・・

 

これは人に勧められて読みました。

「海外の人と日本の話するときはこの本がベースになることが多くて

 日本ってこういう国なんでしょ~って感じで進む」とのこと。

1994年出版、オランダ人ジャーナリストが書いた本で

官僚政治を批判しつつ日本の政治と経済がどう関係してるか書かれてます。

 

この本はすんごい難しかった・・・3回読んでようやく分かった。

でも普段生活で感じてる「なんかおかしくない?」が解説されてる気がしたので

根性で読みました(単に私の理解が遅いだけってのもある)

 

他国ではありえない政治と経済が結びついた社会システム。

政治について学ぶ機会がなく政治的無能にならざるを得ない中間層。

なぜ日本には課題解決能力がないのか、などについて書かれてます。

 

難しかったけどすごく面白かった!

「あー、だよね。なんかそんな気はしてたけどそういう仕組みか」

って感じで、自分がどんな造りの世界にいるのか分かりました。

 

本を読んで出した結論

まず政治に疎いのは個人の資質よりも社会システムに拠るところが大きい。

 

いや、私自身に政治のセンスがないのももちろんありますけど。

でも習ってないし、仕事してるとニュースみる時間もないし、

なんか献金とか腹黒いことやってんでしょ?くらいしか分からない。

それでもいいから、仕方ないから、

正直に「分かりません!」って言って取れる情報から学んでいこう。

 

だから「政治ってよくわからない・・・」と思ってるアナタそこの!

大丈夫です。それはあなたの所為ではない!

だから恥ずかしがらずに「わからん!」って言っていいと思います。

 

それから選挙システムって不利すぎじゃない?ということ。

 

今回の衆議院選挙も公示が10/10で投票が10/22でしょ。

短い!!

候補者があちこちで話すとはいえ、こっちも最寄り駅でじっとしてるわけじゃないし

各候補&各党の情報に触れる機会がそもそも超少ない。

選挙カーで党名と名前だけ連呼されてもわけわからんし。

なんでもっと判断しやすいシステムにならんの?と。

 

・・・と。そんなことを考えてる状態で衆議院選挙始まりました。

私も私なりに選挙活動(投票活動?)してみようと思ってあれこれ動いています。

その話はまた別記事で。。

ビリーエリオット 日本公演 感想

こんにちは、やのひろです。

ビリーエリオット日本公演観てきました。

ようやく!生でビリーエリオットが見れたよ!!!

以下ネタバレありの感想です。

 

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日本では見られないと思ってた

 

ビリーエリオットとの出会いはロンドン記念公演の映画版。

舞台化10周年を記念したステージを日本の映画館でやってくれたんですね。

 

これに、んも、それはそれは感動して。

 

なんだこのパワーのある舞台は!と。

それまでロンドンの舞台と言えばアンドリューロイドウェーバー

しっとりしたお話のイメージが強かったので(オペラ座とかキャッツとか)

こういうエネルギーの溢れたお話と

またそれを演じ切る俳優さん、特にビリー役の少年に感動して。

いつか絶対生でみたいと思ってました。

 

ところがロンドン公演がまさかのクローズ。

もっと延々とやるのかと思ってたのに!

 

これは辛い・・・二度と生では見れまい。

だって日本でやるわけないし。

 

と思ってたところにまさかまさかの日本版!!

これを知った時は興奮と喜びと、すこしの猜疑心がありました。

 

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どうして日本公演はないと思ったか?

子役さんが居ないだろうと思ったからです。

 

今とはなってはこう考えた私にグーパンチお見舞いしたいのですが。

・・・でも最初はみんな思ったよね??思ったと言ってほしい(涙)

 

出ずっぱり、踊りまくり、踊りの種類は多岐、

しかもそんな子役が4,5人は要る。

そんなの日本で出来るわけない。

 

すみません、繰り返しますけど今ではそんな私にグーパンチです。

でもその時はそう思ってた!

 

だから日本でやると、1年半かけてレッスンしながらオーディションすると、

そう聞いた時は本当にびっくりしました。

そういうことか!育てながら発見するのか、ビリーを!

こりゃすごい!絶対に見なくちゃ!と段々気持ちをシフトしていきました。

 

いや、、、言い訳ですけど、、

また事務所絡みで決めちゃうのかなと思ったのです。最初は。

全役オーディションとか言っといて「うそつけ!」って配役も世の中あるし。

子役が主役のミュージカルって他にもあるけどとてもビリーがやれそうにはないし。

そしたら本当に本気でオーディションやってるとは。この時点で感動しました。

 

 

いやー・・・いるんですね、凄い少年が。たくさん。

ほんと、知ったかぶって日本には無理とか思って申し訳ない。

 

すごい!すごいよ、日本版公演!

 

という期待たっぷりで取ったチケット。

ビリー役は誰なのか知らない段階で取りました。

そして当日の配役はこのあと写真で貼りますけども

正直誰がいいとか誰を見たかったとかそういうのはありません。

 

あんな本気のオーディションを勝ち抜いた子達なんだから

みんな素晴らしいに決まってる。

見るのは1回きり、彼らがワンステージに懸けるように私もそれが全てとする。

そんな心構えだったので子役君たちの個別レビューはありません。

 

私が見に行った日の配役はこちら

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舞台を見た率直な感想。

よくぞあのロンドンの舞台をそのまま持ってきたな!

です。

いやもうほんと、びっっっっくりした。

 

物語や演出がそのままなのはもちろんなんですけど

なんというか、空気感が映画で見たロンドン公演と同じで。

(いや、演出が同じなのも実は素晴らしい。変えちゃう作品もあるから)

 

ロンドン公演に熱気があるのは分かるの、だってロンドンの話だから。

サッチャー政権の時にどんな事があったか、ロンドンの人達は知ってるわけで

それを再現するのも客席と共有するのもそりゃできるでしょうと。

 

でも日本にはそのバックグラウンドがないのに

舞台上の炭鉱夫の熱意、ビリーがどんな狭間にいるかが

ロンドンで上演されてロンドンのお客さん達が見ていたあの映画と

同じように伝わってきました。不思議です。凄いです。

 

・・・えい、もう自分のブログだから遠慮なく書いてしまえ。ごめん。

東宝系のミュージカルってその辺が無いと思うんです。

どうも胡散臭い舞台になるの。

演出が現地と違うからってのもあると思うし、

キャストが固まってるってのもあると思うし。とにかく空気が違う。

海外で見て好きだったのを東宝でみると全く違うものになってる。

 

今回のビリーエリオットはちゃんと熱いお芝居だった。

すげー!なんでなの!なんでなのか分からない!

とにかく心から拍手、拍手、拍手です。素晴らしかった!!

 

日本語訳も凄くよかったです。

メロディにちゃんと乗ってて意味も通じる。

映画で見たパッションはそのままに日本語でさらに理解を深められました。

 

ビリーも好きだけどマイケルも大好き

主役のビリーもめちゃくちゃ大変だと思いますが

実はマイケルもすごく大変だと思います。

あのコミカルなお芝居をナチュラルにやるの難しい!しかも子役さんで!

しかしこれまた杞憂でした。素晴らしいマイケルでした。

 

マイケルは女装が好きだったりチュチュで踊ったり

お客さんを笑わせてくれる役だけど、

実はビリーにほのかな気持ちを抱いてそうな切ない役どころでもあります。

コミカルとシリアスとダンス。

私がみたマイケルくんはこの全てが魅力的でした。本当に素敵だった。

 

才能と運のあったビリーはあの町を出ていく。

でもマイケルは・・・おそらくあの町でそのまま育つ。

彼の未来はどうなるんだろう。

次にビリーが帰ってくるとき町中の人が失業してるような場所で。

 

でもね、

旅立つビリーを自転車で見送りにくるマイケル、じっとビリーを見て

幕が閉まりきる少し前に自転車で踵を返して立ち去るんですよね。

 

あのほんのちょっと見える、走り出すマイケルの自転車。

あれはきっとマイケルの旅立ちだろうと思うんです。

あぁきっとマイケルも自分の道を見つける、

旅だった友達に勇気をもらって、彼もきっとこの先輝く、

そう思えるラストシーン。私、あそこ大好き。

 

生であのシーンを見て、やっぱりそうだろうと確信しました。

そこまでグッと物語に入らせてくれた2人の少年にまたまた拍手です。

 

余談ですがよくわからなかったこと。

マイケルがビリーの頬にキスした時も、最後ビリーがマイケルにキスした時も

客席が笑ったんですよね。なんでじゃ????

仄かな気持ちを精一杯出したマイケルと、これまた精一杯それに応えたビリーの

淡く切ない感情のシーンだと思うんだけど。何が可笑しかったんだろう?

 

企画してくれた方に心からありがとう!

この企画を立てて実行してくれた誰か。ありがとう。ほんとにありがとう。

 

だってもっと楽にできる企画いっぱいあると思うんです。

大人だけのお芝居ならオーディションに1年半も要らないし

せいぜいダブルキャストでまわせるし

ひょっとしたらもっと長く公演できるかもしれないし

そしたら低コストで売り上げ作れて利益を出せる。

 

でも企画してくれた。会社に通してくれた。

オーディションに時間をかけて素晴らしい舞台を見せてくれた。

もう感謝しかない!ありがとう!運営会社の方ありがとう!

 

ビリーエリオットを生で見たいなと思っていた

私を含めたたくさんの人の夢を叶えてくれてありがとう。

私が今まで日本で見た海外作品の中でNO.1です。感動しました。

久しぶりにいいお芝居が見れてとってもとっても嬉しいです。

 

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何度も書いてますけど最後にダメ押しで。

最高の舞台でした。最高です!

キャストの皆さん、裏方の皆さん、ありがとーーーーーーう!!

 

ファインディングネバーランド 来日公演感想

こんにちは、やのひろです。

出産前から予定していた観劇その1、ファインディングネバーランド観てきました。

 

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以下、ネタバレあります。

※ちなみに劇場が10か月ぶりで、入口に来ただけで感動できました。。

 

とても美しい演出

見どころはラスト2曲。

ピーターパンが現れて登場人物たちを夢の世界へ誘うシーンは

キラキラ輝く紙吹雪が魔法の粉のように舞い上がっていて

本当に美しい眺めでした。

 

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※パンフレットを写真に撮りました

 

子供たちにとってのお母さん、そして主人公の想い人が死んでしまうという

なかなかショッキングな展開も、この演出のお蔭で悲しすぎず

受け入れやすくなっていたのではないかと思います。

 

ラストナンバーは主人公と子供たちが出会った場面、

Believeのアレンジです。

 

実はこれ、私が聴いてたサントラと違っていてオヤと思いました。

オリジナルブロードウェイ版はWhen you feet don't touch the groundで

かなりしんみりとしたエンディングだったんですね。

悲しいけれど空想の力があれば大丈夫、飛んでいこうというような。

 

それがツアー中にBelieveに変わったらしくて

公園で過ごしたあの日のように何が見えるかとみんなで遊び

僕たちにはもう空想の力があるから大丈夫、飛んでいこうと

ハッピーな気持ちで終わるようになっていました。

 

これはとてもいい変更だと思いました。

天気のいいロンドンとファンタジーの魅力が重なり合って

舞台ならではの美しさを味わうことができました。

 

ロンドンの作品をアメリカでミュージカル化

ところでこの作品、もともとは映画です。

ジョニーデップが珍しく素顔で主演したヒューマンドラマ。

映画の制作はアメリカとイギリスで、監督はドイツ人の方、

物語の舞台はロンドンです。

 

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それを今回アメリカのブロードウェイで舞台化してるわけで。

私としてはここに大きな捻じれがあるんじゃないかと思ってます。

ヨーロッパのものをアメリカでミュージカルにすると

大体派手さが足されて大味になる。。

 

実は観劇の前に全曲聴いてざっくり翻訳もしていて

その時からなんとなくまとまりが無いような気がしてました。 

 

 

なんていうか

ヨーロッパにおける舞台の聖地、ロンドンで作られるお芝居は

オペラ座の怪人とかレミゼラブルとか

人のもつ複雑な感情を繊細な色で描いている感じで。

対してブロードウェイは鮮やかな色で描かれているようイメージです。

 

 

どちらもとても素敵なのだけどそういう違いがあるので

元々ロンドン風味な作品をブロードウェイで舞台にすると

大体違和感があるんです。あくまで私の感想ですけども。

あー、アメリカンな雰囲気になっちゃったかぁ~!と。

 

上記の通りとてもうつくしかった、けど、

やっぱりどこか散漫な印象が残った。

その原因は、やっぱり国の違いじゃないかと思っています。

 

ブロードウェイ公演の評論を見つけた

実際に観てもなーんか曲のバランスが悪い。

全体にまとまりを感じない、そう思ってました。

 

という訳で帰り道にいろいろ検索したら

プロの方がブロードウェイの公演を評論している記事を見つけました。

 

ふたつの想像力、ひとつの舞台――ブロードウェイ・ミュージカル『ファインディング・ネバーランド』/藤原麻優子 – Webマガジン「シアターアーツ」

 

子供と大人の双方を描く劇は、そのまま大人に向けたミュージカルと

子供に向けたミュージカルのふたつに自己分裂している。

(略)

音楽においては、大人向けの場面と子供向けの場面は

メガ・ミュージカル風のバラードかディズニー・ミュージカル風の

快活なナンバーかという分裂を起こし、結果ミュージカルとしての

ひとつの声をもつことができずに終わっている。

 

あ、そうそう!そういう感じ!

 

どっちつかずというか・・・

ほんと「どっち!?」って思いながら聞いていて

我ながら「どっちって何と何だ?」と思ってたのが

このテキストで理解できました。

 

主人公のスランプと少年たち(特にピーター)の葛藤、

この2つが交差して物語が紡がれていくのに

ブロードウェイらしくそれぞれをハッキリ色付けした結果

うまく混ざらなかったような印象です。

英国風の映画でならそこが上手くいっていたのに。

 

主人公か少年のどちらかに視点をしぼるか

(つまり、大人向けか子供向けか、ドラマかファミリーか選択するということ)

またはロンドンで舞台化した方が良かったんじゃないかと思います。

 

とはいえ美しい

全体を貫く軸が見えないなぁと思いながらの観劇でしたが

最初に書いたとおり、それはともかく美しいです。

 

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悲しいことはあるけど明るく美しく終わるお話だし

私みたいな久々の観劇にはぴったりでした。

When you feet don't touch the ground、良い曲・・・!

子供産んでました

こんにちは、お久しぶりです。 

 

実は出産しておりました。
2017年6月生まれの男児です。

 

妊娠・出産もなかなか面白い体験だったので
なんらかの形で残しておきたいなとは思っているのですが
まだいろいろと悩んでるところです。

 

子供のいる生活は慌しくて面白くて不思議です。
私が子育てしてるなんて信じられないなって
未だに時々思うくらいです。

 

このblogもどうしようかしらと思ったのですが
こんな放置状態でも検索にひっかかるらしくて
見て下さる方がいるので
ほそぼそと続けて行こうかなと思います。

 

それではまた!

ネット炎上ってなんだ(from ネット炎上の研究ー突然僕は殺人犯にされたー男が働かない、いいじゃないか)

こんにちはやのひろです。今日はネット炎上って何だろうという話を。

 

私には大きな疑問があります。「ネット炎上ってなんで起こるの?」←これです。私はインターネットが好きでネット業界に入りました。その時読んだ本がこれ。

 

 ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

 

本当に面白かった。インターネットすごーい!画期的―!これから凄い世の中がくるんだ!とキラキラしました。まさかその著者がわずか3年で「あれは違ってました」と言うなんて露ほどにも思わずに。(これは仕方ない。情勢の変化が速かったし予想外の方向だったから。著者を責めてるわけじゃありません笑)

 

キラキラしたままネット業界に入って最初は面白かった。ネットの仕組みをしりビジネスをしり、大変だったけど楽しかった。ところが数年でオヤと思ったんです。「なんか最近ネットの悪い話ばっかりだな」と。例え烏合の衆でも情報の精査能力が上がっていけば玉石混合のうちの玉だけを抽出できるようになるんじゃなかったんかい、と。

 

何かというとグレーな顔を出してくるネット住民に疲れ、「ネットはドル箱らしい」と信じて変な施策を突っ込んでくる上司にも疲れ、いい加減ネット炎上って何のか本腰入れて考えよう、と手に取ったのがこれでした。

 

 ネット炎上の研究

 

ネット炎上を定数的にとらえようという画期的な試み。結果だけニュースになったので見た方も多いんじゃないでしょうか。炎上参加者は子持ちで平均年収高めの男性が多いと。これまでの低所得な独身男性が寂しくてやってる的なイメージを覆した、と。

 

このニュースの時から私は「炎上に参加した、というフラグは何で立てたんだろう?」と疑問でした。炎上参加者はこの属性です、と出すにはもちろん「これが炎上参加者です」というフラグが必要なわけで、もしそこが個人の判断に拠っているならこの結果は結構曖昧なんじゃないかな、と。人によって「炎上に参加」の判断基準が違いますからね。例えば調査前に「こういうポイントでYESと答えた人を炎上参加者とする」と決めていてその条件に限った分析をしてるならある程度信頼できるけど。あくまでその条件の範囲内で。

 

ってことで読み進めたらやっぱり個人の判断のようでした。しかも2りの共著なので章によって論点が結構飛んでて。トータルとして「うん、ネット炎上理解した!」とは言いにくい本でした。いろいろ疑問だったので出版社にそのへんまとめてお手紙だしてみました。炎上を定数的に把握したのは本当にいいと思ったから、その辺りも踏まえて研究が続くといいな。

 

で、次にこの本でたびたび引用された本を読んでみました。

 

  突然、僕は殺人犯にされた

 

スマイリーキクチさんという芸人さんがネット上で殺人犯扱いされて10年も誹謗中傷を受けた話。ニュースで知ってはいましたが詳細を知って驚きました。こんなに酷く、こんなに迷惑を被っていたなんて。また警察や検察、マスコミの各対応もショックでした。こんな社会だったのかと。

 

スマイリーキクチさんは中傷主に対して「僕が殺人犯だと信じている人たち」と表現されていました。スマイリーキクチさんは直接誹謗中傷を受けて来てそのうえでそうおっしゃるのだからホントにそんな人たちだったのでしょうが、正直私は「えっ・・本気で信じてた人なんていたんだ。。」と思いました。だって、常識的に考えて、そんな酷い事件の犯人が表舞台にでるのも難しいし、それを事務所やテレビ局が支持するわけもないし。なにより明確に彼が犯人だというソースがないのだから判断のしようがないのに、本気で信じるってどういうこと?と。それよりも自分の中の憂さを晴らすために彼を利用した結果が被害を生んでしまったのでは・・・と。

 

ネット炎上は本当に「これこそが悪だ」と信じた人による正義感の行為なのでしょうか。それとも日ごろのうっぷんやストレスを晴らすために無意識に正義感が発動してしまうのでしょうか。

 

うーん、分からないなぁと思いながら、その次に何となく手に取ったのがこれ。

 

男が働かない、いいじゃないか!

 

これはネット炎上と全然関係ない脈略で読みました。なんか雑誌で見てチェックしたんだったかな。でも普段からミソジニーに興味があって(この本に影響された→女ぎらい――ニッポンのミソジニー)そこから派生してあれこれ考えてるうちにたどり着きました。

 

この本は辛かった・・・「正社員じゃなきゃいけませんか」とか「どうしたらモテますか」などの男子学生からの質問に答えるというていなのですが、この質問がいわゆる固定概念ガチガチのもので。私そういう「世の中ってそういうもんだよね」的な発想がほんっとに苦手で。。ページをめくってもめくっても固定概念が出てくるからしんどかった。。でも先生の文体は軽妙で時にご自身の失敗談も交えられていたので何とか読み終えました。

 

私はそんなタイプなので世の中の固定概念とは距離を置いてるし、どうしようもなく対峙したら避けちゃうのですが。もしこの本にあるようなガチガチな枠から逃げられない人がいるとしたら。っていうか友達にもそういう人は多い。そしてそれは男女問わずなんだけど、この本にあるように男性の方がそうしたストレスに強く影響されてるとしたら。

 

そこからネット炎上に参加してしまう、というルートはあるかもしれないなと思いました。正義感からね。

 

これは私の体験談ですけど。昔いたチームの上司たちは部下を責めるのが大好きでした。何やっても部下を責める。なんだろう?と考えてみたら、どうやら責めるのが快感らしいんですね。俺は正しい!というスタンスを保てるし。そして彼らもその上司に責められてるんです。なんだこれ、俺のプライド保持合戦か。その中で女はサンドバックになるしかないのか。そう思ったらバカバカしくなって逃げることにしました。つまんないオッサンの引き立て役になるために生きてるんじゃないんで。

 

これはスマイリーキクチさんの本に出て来た「ネット中傷依存症」という言葉をみて思い出しました。あぁそうかもしれない。麻薬依存などと同じように、ネットで(現実でも)中傷していないと自我を保てない人というのがいるのかもしれない。そしてそれは固定概念の中に嵌められている男性の方が傾向として強いのかもしれない。あの上司たちもそれだったのかもしれない。

 

そう思うとネット炎上の闇はかなり深遠です。働き方改革とかジェンダー教育とかその辺まで関わってきてしまいます。怖い。どうしたら。

 

この3冊を立て続けに読んで新しい視点にたどり着きました。日本社会の闇にまたひとつ首を突っ込んでしまった気がするので、とりあえず私は逃げ続けます。逃げながら考える。NO MORE 固定概念。